peicozy's blog

マラソン、トライアスロン、ブルベの完走記と、日々思うこと

GP5000

GP5000

GP4000sIIからの履き替え。

GP4000sIIは2011年自分が初めてロングトライアスロンに出場した宮古島大会から使っている。10年近く使っていることになる。もちろん何度も履き替えてはいる。

当時キャノンデールのアルミバイクCAAD9に初めから付いていたビットリアのタイヤから履き替えた時の衝撃は忘れられない。路面に吸い付くような安定性、軽さ。タイヤでこれほどまで乗り心地が変わるのかと驚いたのだ。

そのGP4000sIIをCAAD9では700x23cを、その後購入したTTバイクキャノンデールスライスでは700x25cを履いた。もうこれ以外は無いというくらい毎回選択していたタイヤなのだ。

2019年GP4000sIIの後継、GP5000が発売された。2020年に入り、徳島の300kmのブルベ出場を機会に履き替えた。

GP4000sIIは、2019年のPBP1200km(610kmブレストで

リタイア)でもノートラブルで走れていてそのまま使い続けてもよかったのだが、走行中や、輪行時のサイドの擦れが気になっていてGP5000に履き替えることにした。

■履き替え

GP5000は4000に比べるとビードがやや硬い気がする。暖かい部屋で作業し素手でどうにか持ち上げることができた。冬の野外でパンクしたら、タイヤレバー無しでは厳しいかもしれない。

チューブを挟まないよう慎重にタイヤをはめ、エアーを入れると最後、パキンっとはまる音がした。ホイール(レイノルズ)によるものなのかわからないが、はまった感がすごくする。

今回700x28cを使用。エアーを入れた後のタイヤ幅は履き替え前よりスリムになった様に見える。GP4000も同じ28mmを使っていたがサイドが擦れで弱くなり若干横幅の膨らみが増していたのかもしれない。思わず25mmを購入したのかと思ったほどだ。

■走行

試走もなく、そのまま300kmのブルベに投入。一漕ぎ目から、あ、軽い!という感覚。ギヤ1枚半くらい軽い感じがする。転がり抵抗は4000が12.2wに対し、5000は10.0wだという。単純計算で従来の82%のパワーで漕げるのだ。

頭にある事前情報のプラシーボ効果もあるかもしれないが、この軽さは確かなものだ。

■グリップ力

ブルベのコースは急カーブは無く車体を傾けた時のグリップ力は試せていない。また晴天のため、雨で濡れた路面でどのような反応になるかはわからない。

砂の浮いた道や、コンビニを出入りするときの段差、アスファルトのひび割れなど、注意を要する路面でも安定していた。

おそらく雨天でも安定のグリップ力を発揮してくれるだろう。

■耐久性

300kmをゴール後、タイヤの傷みは無し。今シーズンのブルベをこなしながら見ていこうと思う。

■まとめ

確かな軽さと安定性は間違い無い。

価格もこなれてきており定番タイヤに確定。

2018 珠洲A-佐渡A トライアスロン完走記


佐渡トライアスロンに出て見みたい。ずっとそう思ってた。
佐渡は日本一長いトライアスロン大会だからだ。


かつて、最長は、北海道のオロロントライアスロンと聞いたことがある。総距離244km。スイム2kmバイク200kmラン42kmだ。そのオロロントライアスロンは2006年で終わり、現在は佐渡が国内最長になっている。


トライアスロンを始めて10年。佐渡出場に踏み切れない理由がある。
毎年、その直前に開催される、石川県、珠洲トライアスロンをホームレースとしているからだ。珠洲の2週後、近い時は1週後に佐渡の大会が開催されるのだ。


珠洲をやめて佐渡に出る?


それはない。


両方出る?


まず第一に、体力が持たない。


さらに、佐渡は毎年の定番レースと決めているトライアスリートも多い。よって、応募数も多数。何年も連続で出場しているベテラン選手でも、落選する場合がある。実際、自分の友人も、連続出場年数に関係なく落とされている。


さてどうしたものか。

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体力はさておき、出れる方法を考える。
どうやったら出れるのか。


娘は今年小学6年。佐渡珠洲もジュニアトライアスロンがあり、前日土曜日がレースとなっている。


これだ!!


こどものレースに同行する親が、ついでにレースに出るスタイル。実際は、親がレースに出がいがために、こどももレースをしているのだけど。


珠洲も、佐渡も、親子で申し込んだ。予想は当たり、両方とも選考の結果、出場できることになった。


喜びの反面、日程のキツさを目の当たりにした。2018年、珠洲は8/25(日)、佐渡は9/2(日)。月はまたがっているけれど、間は、一週間しかないのだ。



やばいな。



珠洲Aと佐渡Aの距離を再確認する。


珠洲A:スイム2.5km / バイク102km / ラン23km 計123km
佐渡A:スイム4.0km / バイク190km / ラン42km 計236km


それに、第4の種目ともいえる、車の運転がのべ、1800kmがあるのだ。


やばいな。



◾️8/24(金)東京-珠洲
午前6時、珠洲にむけて出発。自分のTTバイクと、娘のバイクと、自分と娘の選手2名、それと、妻をのせて出発。

珠洲はのべ6回目の出場だ。片道580kmの道のりも慣れたものだ。欲をいえば、流行りの、「自動運転技術」を搭載した車なら、長時間の運転もっと楽になるのだろうけど、欲を言ってはいられない。こうして、出場できるだけでも十分幸せなのだ。


関越ー上信越ー北陸へ走らせる。金曜の高速道路は空いていて、あっという間に金沢森本まで到着。のと里山海道で、能登半島の左側を北上する。雨上がりの日本海は荒れていた。砂浜に車を乗り入れられることで有名な千里浜ドライブウェイも閉鎖だ。海岸沿いのドライブはおあずけになった。


輪島市内に入る手前、総持寺に立ち寄る。総持寺は、毎年10月に行われる蛾山道(がざんどう)のトレイルランのスタート地点なのだ。いつか出て見たいと思っているトレランなので、立ち寄った。


その後、輪島市内から、千枚田に立ち寄り、珠洲に到着した。海は風があり、波がたっている。


◾️8/25(土)珠洲ジュニアトライアスロン
朝から風が強い。


10時に受付をすませ、11時からジュニアの選手説明会、12時から通常の選手説明会に参加。


選手説明会では、今年からスイムが2周回になったこと、監視域を小さくすることで十分なライフガードを配置できること、レースの実施を朝2度の委員会で最終決定することなど、安全を重視して大会運営する説明がなされた。


また、選手へのアンケートから、珠洲を楽しみにしている選手がとても多く、今年も継続して開催することが決まったとのことだった。


選手説明会で、声をかけられた。インド駐在時代の友人、N川さんだ。脚をいためていて、出場できるか危ぶまれてたけど、いっしょに出れそうだ。よかった。首回りも体格も、駐在時代よりひとまわり大きくなって、アスリート感が増していた。

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娘は4年生から珠洲に出場している。今年で3年連続3回目のジュニアトライアスロンだ。距離は、プールでスイム100メートル、バイク9.4キロメートル、ラン1.4kmで行われる。


娘は、トライアスロンは毎年この1回しか出ていないが、勝手がわかっているせいか、特に緊張する様子もなくスタートを待つ。


スイム:ほかの選手が皆クロールで行くところをかたくなに得意な平泳ぎでこなす。
バイク:ドリンクをもたずに9.4km漕ぐ。途中にエイドがあるが、片手で運転するスキルはなく、ひたすら漕ぐ。
ラン:ほんの少し歩きが入ったけど、がんばって走る。


ゴール後、完走メダルとともに、ふかふかのフィニッシャータオルをもらう。無事に完走できてほっとした様子だ。このレース、ひとつ下5年生の親戚の子もいっしゅに出場し、レース後はふたり仲良くすごしてた。

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さて、明日は自分の番だ。
どれだけ疲れずにゴールできるかポイントなのだ。


◾️8/26(日)珠洲トライアスロンAタイプ
5時過ぎに会場入り。大谷峠をこえた先は路面が濡れている。昨晩雨が降ったのだ。クルマを止め淡々と準備を進めると、近くの選手どうしの会話が聞こえた。


「スイム中止になったから、ウェットいらないって、、、」


そうか。昨日の説明会でも言ってたけど、海が荒れて、コースロープが張れない状態と言っていた。当日も波は穏やかにならず、スイム中止になったのだ。


来週の佐渡のスイムの最終調整にちょうどいいと思っていたに残念だけど、スイムも含めてレースをしたら、回復できないくらい疲れが溜まってしまうかもしれない。


自分にはちょうどよかったのだ。


N川さんと合流。一緒にバイクをラックにセットする。昨晩の雨でバイクのまわりは水たまりになってる。ぬれないように、ランシューズはバイクラックにぶら下げるように置いた。


受付で、腕と足に、ナンバリングしてもらう。今年は659番。あ、と思い、ゼッケンをくるくると回してみる。もしかしてこれって、点対称なゼッケンじゃないか、と、なんでもないところで嬉しくなる。


スタートの説明がアナウンスされている。スタートは7時半。スイムエリアから50名づつ、3分間隔でゼッケン順にスタートする。バイクの支度をして、メットやグローブをつけて、スイム会場の砂浜に集合、ただし、裸足で集合すること。


裸足、、、、


第1トランジットは、いかにはやく、靴・下・を・履・け・る・か、が勝負の分かれ目なのだ。そんなことを笑いながら考えながら、スタートを待つ。バイクラックには、ゼッケン順にバイクが並んでいるわけで、そこへめがけて、50人の選手がいっせいに、ひしめきあいながら、、、



靴・下・を・履・く



、、ってやっぱり面白いじゃん。

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190番のN川さんを見送り、8時過ぎ、いよいよ自分のスタートになる。もしスイムが通常どおり7時から実施されていたら、スタートから一時間後で、自分の泳力でのスイムアップ時間と同じ。朝の空気も、通常開催と同じ感覚でレースできそうだ。


レーススタート。裸足で砂浜を小走りで進む。バイクラックの水たまりのわきに腰をかけ、靴下を猛スピードでなく、いつもの感じで履き、シューズを履き出発する。


通常だったら、スイムでだるくなった体を、バイクに乗せて運ぶ感じだけど、きょうはフレッシュな体でバイクスタートだ。なんだか、サイクリングに出かけた気分。


スイムで濡れたウェアを、風が吹き抜けて涼しく感じる感覚もない。バイクスタート直後にあるエイドは、スイム後の補給に使う選手がいないので、ガラガラだ。エイドのボランティアがめいっぱい応援してくれる。ありがたい。

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今年の夏は暑かった。単に、暑いで済まされない暑さだった。平成最後の夏が、観測史上最高気温を更新する年になるなんて思わなかった。暑さを言い訳にしても、いまさらしようがないけど、バイク練習不足していて不安だけど、ここは経験でカバーすると言い聞かせて漕ぐ。


坂を下りながら、はじめて出場した2010年は、もっと急坂に感じてたんだなと、当時の感覚と、いまの感覚のズレをも楽しみながら漕ぐ。

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補給食は、ジェルを5本、脚攣り防止に、芍薬甘草等を持つ。なんだか、坂道がきつい。昨年より体重が2kgほど重くなってるからか、それとも、筋力不足だからか。


半島の北側はほぼ向かい風だった。スタートから約30km地点の馬緤(まつなぎ)のエイドでは、いったん停車し、ボトルに氷水を入れ直した。


ふと、2010年、初めて珠洲に出た時に、エイドで手伝いをしていた息子を思い出す。当時小学4年だった彼は、もう18歳だ。来年は珠洲トラに一緒に参加できる歳になった。時が過ぎるのは早い。

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馬緤のエイドから、ゴジラ岩を見た後、大谷峠への長い坂が始まる。くるくると一定のケイデンスで登っていた昨年に比べて、なんだか体が重い。ひとふみひとふみ、よいこらしょといった感じだ。


旧道に入り、斜度が増す。自宅近くの城山湖へ登る坂よりも、きつくない、きつくない、と自分い言い聞かせて登る。峠を越えたあと、安全のための降車区間を過ぎ、気持ちいいダウンヒルだ。DHバーを握り、姿勢を低くすると、どんどんスピードが上がっていく。


今年から、安全のため大谷峠も交通規制の対象区間になると言っていたっけ。一般車のが侵入できないように規制してくれているのだ。が、唯一前を行く大会運営用のクルマに追いついてしまった、左をあけてくれた。タンっともう踏みして抜いていく。


時速69km。キャノンデールスライス君。高速でも安定していて怖くない。出来るだけスピードを維持したまま、平坦区間につなげる。スイム会場が見えてきた、さあ2周目だ。


バイク1週目、1時間57分

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バイク2週目に入った。ちょうどBタイプのスタート時間帯に重なる。元気がよいBタイプの選手たちに次々に抜かれる。ペースを乱されることもなく、淡々と漕ぐ。それでいいのだ。今回のレースは、いかに疲れずに完走するか。そこがポイントなのだ。


疲れたとしても、6日間で回復する程度の疲れになるようにコントロールする。そんなコントロールはしたことがないけど。

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2週目に入って10キロ地点で後ろから声をかけられた。兄だ。今年もいっしょに珠洲トラに来た。兄はBタイプに出場。DHポジションのまま抜いていく。いってらっしゃい。自分はマイペースで行く。

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2週目のバイクは風が強くなってる。半島の北側を通るころ、完全に向かい風になってた。風を受けないように、なるべく低い姿勢を保つ。右のDHバーの先端がなんだかひらひらしている。見るとバーテープが剥がれはじめている。バーテープの内側は接着剤が、噛み終わったガムのように固まっている。


どこかでひっかけたっけ?


ひらひらと風にたなびくバーテープを、接着剤の残りカスで留め直そうとしたけどうまくいかない。今日はそのままでいい、それよりも、次週の佐渡までの間、バーテープを巻き直す時間があるか?ないな、どうしよ。とにかく今は、ひらひらさせたバーテープのまま進もう。

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大谷峠に向かう坂道。あきらかに1週目よりもスピードが遅いのがわかる。もっと、ガシガシ漕いでいた去年にくらべて、抜かれることが多い。ペースが落ちてきた選手が前にいても、いそいで抜くことはせず、マイペースで進む。旧道に入ってから斜度が増す。きっと、はじめて出場したであろうBタイプの選手が、斜行しながら登っている。あきらめて、自転車を降りて押している選手に声をかけた。


「あと少し、で頂上ですよ、ガンバって」


本当は、あと少しというには少しではなくて、まだ坂は続いていたけれど、なんとなく、そう言ってた。漕いで峠を越えたら、気持ちいいよって、教えたかったのかもしれない。

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峠を終え、ダウンヒルになる。なぜか、1週目と同様に、オフィシャルカーと同じタイミングになる。これまた1週目と同様に、坂の途中でクルマを抜きさる。違いは、剥がれたバーテープがひらひらしていることくらいだ。


平坦区間を終え、3つのアップダウンをこなす。右折して下ると、いよいよバイクフィニッシュだ。自分自身の疲労具合を測る。どうなんだろ、、、、わかんないな。


トランジションエリアでランシューズに履き替えていると、自転車を掛けようと、ラックうろうろ探してる若いゼッケンの選手にスタップが声をかけている。


「まず、落ち着いて、 ゆ っ く り 、自分の番号のラックを探してください。、、、ありましたね!!、次は、反対のことを言うようですが、 急 い で ださい、あなたのウェーブは、ランスタート関門まで、残り10分です。」


やばいな、俺も時間ないんじゃないのか!?

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ランシューズに履き替え、バイザーをかぶり、ランパートスタート。
暑くなってきた。2キロおきにあるエイドでは、毎回氷をもらい、トライウエアのポケットに押し込む。


足つりにはいっそう注意する。足をつってしまうと、しばらく痛みが引ない。場合によっては、来週の佐渡まで痛みが残ってしまうかもしれない。とにかく、つらないようにするのだ。エイド以外は止まらずに、13キロ地点まで走る。見附島(みつけじま)まで来た。



ゴールまで残り10km。制限時間内ゴールを確信して、歩き始める。兎に角、疲れを残さずに、ゴールするのだ。自分のレースは一週間後の佐渡を含めてレースなのだ。


終盤、つらそうに歩いている選手と話す。


「もう、さ、脚が鉛のように重いです」


という選手。あと少しです、がんばりましょう。と声を掛け合う。自分も歩いているけれど、そこまで脚は重くはない。疲れきらないくらいでレースする、自分をコントロールするというのがわずかながらできたのかもしれない。


残り2キロを切り、最後はしっかりランニングしてゴールを迎える。
球場に入り、青々とした外野の芝生を通り、最後は、ジャンプしながらフィニッシュした。


タイム7時間40分

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ゴール後、先に完走していた、N川さんと兄と合流。
思いのほか暑くて大変だったこと、バイクで頑張りすぎてランが走れなかったことなど話した。


自分としは、2種目になったが、どうにか珠洲は完走した、いよいよ、7日後は佐渡だ。どんなレースになるのだろう。。。。


まだまだ、レースははじまったばかりだ。


◾️8/27(月)珠洲-東京
朝から曇り空。バイクコース沿いにある親戚の家を出発し、珠洲製塩で塩アイスを食べる。行きにも立ち寄った千枚田をもう一度見て、輪島にある祖父母の墓参りをする。


毎年、珠洲トライアスロンに出場するということは、このお墓参りまいりも含めて自分の珠洲大会になっているのだ。今年も無事に完走できたことを報告できた。再び580kmのドライブをへて、深夜に東京に着く。


寝て、回復させねば。


◾️8/28(火)、8/29(水)仕事
昼休みに、机でつっぷして寝ていたら、上司が近くでチームメンバーに話しているのが聞こえてきた。


「Kさん、、、いつもは昼休みにランニングに出かけるのに、体調でも崩しているのかな、大丈夫かな、、」


(大丈夫です、少しでも寝て体力回復に努めているところです)


◾️8/30(木)仕事
仕事を早めに切り上げるつもりだけど、そう甘くはなかった。帰宅後、珠洲から持ち帰ったバッグに、洗い終えたトライウェアやキャップなどを再び詰める。明朝、起きたらすぐに出発できるよう、出かける服で寝てよいと、娘に伝えて寝る。明日は3時起床なのだ。


◾️8/31(金)東京-佐渡
午前3時出発。まずは、330km先の新潟港へ。娘は伝えたとおり、服のまま寝て、寝たまま助手席に乗り込んで、そのまま引き続き寝ている。


関越トンネルを抜けてしばらくすると、ポツポツと雨が降ってきた。
降ったり止んだりしながら、夜が明け、朝もやの向こう側に、山を背景に建物が浮いているように見える。まるで、海外旅行に来たかのようだ。新潟市街に近づくにつれ、雨脚はどんどん強まり、ワイパーを最高速で動かしてようやく前が見えるくらいになった。


フェリー出航できるのかな、、、


雷鳴も響いている。フェリー乗り場に着いたが、駐車しているクルマに人影はない。やっぱり、欠航なのかも、、、やばいな。ワイパー越しにもう一度、フェリー乗り場を確認する。


新日本海フェリー


間違えた。これじゃ北海道までいっちゃうわ。小樽まで行って、なんだか、海鮮丼とか食べて、ついでに、キャンプしちゃう感じじゃないか。カーナビで佐渡汽船の乗り場を探す。

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土砂降りの中、佐渡汽船のフェリーターミナルに到着。手続きをして、車を列に並べ待っていると、次々にバイクを積んだクルマが到着してきた。よかった。なんだかワクワクする。


雨の中、車内で乗船を待ちながら朝食を摂ることにする。ドーナツが入った袋が2つある。妻が、持たせてくれたのだ。と、思ってた。


長女からメッセージが入ってた。


”ドーナツのはいった袋、両方もってっちゃったでしょ、、、私が食べようとおもってたのにー、、”


長女と妻は、電車旅の最中。出発しようとしたら、ドーナツがなくてがっかりしたところだったようだ。娘から再びメッセージが入っている。


”しかたないなー、、食べていいよ”


サンクス。ありがたくいただくよ。

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9時20分、ほぼ定刻でフェリーは新潟港を出港。雨と風で、フェリーはゆっくりと揺れながら進む。船内は2等席のはじに寝っ転がり、100円で借りた毛布をかけて、少しうとうとする。まだ、珠洲の疲れは取りきれてない。少しでも寝ておこう。

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両津港に到着。佐渡島も雨だ。ナビをたよりに、長三郎の寿司屋に向かう。一つ前の便で到着している、トラ仲間と合流する。佐渡は、どこか田舎っぽくて、どこか珠洲に似ている感じがする。長三郎で、海鮮丼を食べる。トラ仲間の友人で、同じ宿の選手とも友達になる。

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宿で荷物を下ろしたあと、スイム会場へ。雨、風ともひどい、とても泳げる天候ではない。大会まで2日間で、波がおさまるのだろうか、それより、明日はジュニアトラだ。ジュニアは短いとはいえ、海でのスイムになる。これでは、ジュニアのスイムは中止、最悪は、ジュニアトラの大会そのものが中止になるんじゃないか。それだけ荒れた天気だった。

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選手説明会に、会場に向かう。各メーカーやショップのテントは、強風と横殴りの雨で、開店休業状態だった。商品の入っていたであろうダンボールも、雨にぬれてつぶれかけてた。風で飛ばされないよう、自立式テントの足も縮められてた。晴れていたら、たくさんの人で賑わっていただろうに。


受付で、リストバンドと、ゼッケンなどが入った袋をもらう。今年、佐渡トライアスロンは30回大会。過去の大会の様子を写真展示した、メモリアルコーナーも設けてある。記念すべきタイミングで、はじめての佐渡に参加できて、本当によかった。


ただし、、、


完 走 で き る かはわからないけど。

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説明会会場をあとにし、宿に戻ったあと、潟上(かたがみ)温泉へ。温泉近くの森で、優雅にはばたく、トキの姿をみることができた。風呂上がりには、佐渡牛乳を飲む。トキのデザインのパッケージで、かわいらしかった。宿に戻り、明日のジュニアトラの準備をして就寝。


◾️9/1(土)佐渡ジュニアトライアスロン
朝食後、娘と自分のバイクを積んで会場にむけて出発。雨は止み、曇り空だ。


佐和田の海水浴場の海沿いの駐車場に止め、受付会場の体育館へ向かう。昨日荒れまくってた海は、静かになっている。たった1日でこれほど変わるとは。これなら、今日のジュニアトラのスイムもできそうだ。そして、明日自分トラのスイムも、、、4km泳げるだろうか、、、、。


すでに、バイクラックには数台のバイクがとめてある。小学入学前の選手のバイクか、足で蹴って進む、ストライダーくらい小さななバイクがある。かわいらしい。


受付では、ゼッケンをもらい、ヘルメットのチェックをする。国際大会のように、選手のIDカードをもらい首からぶら下げる。IDカードには、名前とゼッケン番号が書かれ、大会スポンサーのロゴが並ぶ。なんだかかっこいいな。説明会は、体育館で、出場カテゴリごと、ゼッケン順に並ぶ。同伴してきた保護者は、選手の後方で説明を聞く。

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佐渡ジュニアトライアスロン大会は、入門、ちびっこ、キッズ、ジュニアの4つのカテゴリがある。娘が出るキッズは、小学4〜6年が対象。スイム100メートル、バイク2.5km、ラン1kmのトータル3.6kmのレースだ。


珠洲のジュニアは、プールで、1人づつ10秒おきにスタートしていたのとは違い、佐渡は同じカテゴリの選手が一斉スタートになる。キッズクラスは今年59名のエントリーだ。

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体育館からスイム会場に移動し、スタート前に開会セレモニーが行われる。トライアスロン協会会長の話のあと、ゲストのオリンピックスイマー松田 丈志選手が応援のメッセージを述べてくれた。明日Bタイプで選手としても出場するのだ。

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午前10時20分、キッズクラスがスタート。


娘はメガネっこなので、スイムスタート直前に、大会スタッフにメガネを預ける。スイムが終わって、バイクへのトランジション前に、受け取るのだ。メガネっこの選手はもう一人いた。


スイム:砂浜から一斉にスタートする。59名の選手がひしめく。コースは、沖に向かって50メートル先のブイをまわって折り返してくる100メートルのコース。一斉にスタートしたが、すぐに顔をあげる選手も多い。佐和田の海は遠浅で、子どもでも足が届く深さなのだ。安全面からもそのほうがいい。


娘は、後半1/3ほどの位置でスイムを終える。珠洲と同じで平泳ぎで通したようだ。50mのブイを回るとき、ぶつかりそうで怖いなと思って、立ち上がってみたら足がついて安心したと、レース後言っていた。


スイムからバイク、200メートルほど走る。スイムを終えた安心感んなのか、こちらにむかってニコニコしている。手を振りながら、メガネをかけていないことに気づく。


「あれ!!!?、、メガネは??」


「あっ!!!」


と驚いた表情に変わり、スイムアップ直後のスタッフのところへ逆走し。流れてくる他の選手をかき分け、ぶつかりながらさかのぼる、、「わすれちゃった」と、笑いながら、バイクラックへ向かっていく。

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バイクは、直線の1.25kmを行って、Uターンしてくるコース。珠洲は9kmのバイクがあり長いが、佐渡はめいっぱい漕ぐようなコース設定だ。Uターンでころびそうになっちゃったと話してくれた。


ランは、海岸の遊歩道をつかった折り返しコース。顔を赤らめ、息を切らして走る。最後は、明日のトライアスロンと同じフィニッシュゲートを通ってゴール。地元のローカル放送局、佐渡テレビのカメラが回り、明日の生放送の途中で録画放送がある。


ゴール後感想を聞くと、バイクも、ランも、ずーっとダッシュしている感じで疲れたー。と言っていた。2週連続完走おめでとう。

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レースが終わった直後、再び夕立のような雨が降ってきた。
なんだか不安定な天気だ。その後、潟上温泉で汗を流し、早めの夕食をいただく。明日は3時に朝食だ。寝よう。寝て体力を回復せねば。
自分は、珠洲から佐渡へ続く自分だけのレースの真っ只中にいるのだ。


◾️9/2(日)佐渡トライアスロンA
午前3時少し前。目覚ましが鳴る前に目が覚める。しっかり寝れたのかよくわからない。以前は睡眠薬のかわりになるといわれている、薬をのんだりしたことがあったけど、自然によく眠れる。


宿に泊まっているのは全員選手だ。食堂で静かに朝食を食べる。おにぎりとバナナと、お餅、オレンジジュース。特別なものを食べることはない。バナナとおにぎりは会場で食べることにし、持って行く。


佐渡のバイクは前日預託が義務ではない。昨日夕立のような雨が降ったのもあって、当日に持って行くことにした。午前3時20分。宿を出発。まだ濡れている路面を、車のヘッドライトが照らす。スタートまでには乾くだろう。


3時半を少し過ぎ、スイム会場の、佐和田の駐車場に停めた。駐車場はすでに選手の車で満車寸前で、あと1分遅れたら停められなかったかもしれない。少し早めにでてよかった。駐車場にはテントを張っている人もいる。レース前にテント泊は本当にすごいと思う。


バイクに空気を入れ、転がしながらトランジションエリアに向かう。まだ陽はのぼっていない。足元は見えない。昨晩仲間から、ライトを借りておいてよかった。トランジションエリアは、照明で照らされ明るい。


選手ひとりにひとつづつ、深めのプラスチックのカゴが用意され、そこにギアを入れる。黄色いかごは、農家で使っているもの、もしくは使っていたもので、普段は収穫された野菜や果物を入れているのだろう。


今日は、野菜の代わりに、バイクギア、ランギアを入れておく。


なにやら、向かいの選手が係員と相談している。カゴから多少はみ出してもよいだろうか?と、相談している。見ると、カゴのなかに、保冷バックをセットしている。なるほど、スイムからバイク、バイクからランのトランジションで、自前で冷たいものを準備しておこうという作戦なのだ。すごいな。いっそのこと、クーラーバッグを背負って走るのもいいかもしれない。できるだけ快適にレースを進めるために、知恵を絞るのも面白い。


朝の受付は4時半から、体育館で行われる。受付の10分ほど前に並び始める。後ろで聞き覚えのある声が聞こえた。A田さんだ。ここでもいっしょでしたか、、と笑う。今年、A田さんとは、スパトレイル、大磯RWSで会い、大会で会うのはこの佐渡で3度目なのだ。エントリーしている大会が似ていて、というか一緒で面白い。A田さんは意外なことに佐渡トラははじめてなのだそうだ、おたがい頑張りましょうと声をかける。


違う方から、佐渡珠洲のバイクについて語っている選手がいる。ほうほうと耳を傾けて聞く。


珠洲のアップダウンに比べたら、佐渡なんてずーっと平らだから、全然余裕ですよ、、、」


なるほどなるほど、珠洲よりもアップダウンがないんだな、これはいけるかも、とこの時は何も知らずにいた。

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受付開始、腕にゼッケンをマジックで書いてもらい、計測チップが入ったアンクルバンドをして、出口でアンクルバンドがセンサーに反応するかチェックして完了。


午前6時のスタートまで約一時間。ほとんど出るものはないが、一応トイレに行っておく。仮設トイレは選手が長い列を作っていたので、佐和田のライフガードの建物内のトイレに並ぶ。数は少ないけど、並ぶ人も少ないので早く順が回ってくるかもしれない。


トイレ待ちの間、たくさんのスタッフが通路を行き来する。一人のスタッフと目があった。転職っで新潟勤務になったM田さんだ。今回は、マーシャル。トランジションエリアの担当と、長い1日手伝ってくれる。ありがたい。会えないと思ったから余計にうれしい。


トイレ待ちの間、隣の部屋では、吹奏楽の楽器の最終調整も行われておこいる。大会は、ほんとうに沢山のボランティアで成り立っているのがわかる。ありがたい。


イクラックに戻り、引き続き準備していると、Yさんに声をかけてもらった。ネット上で、7年近く前から知り合いなのだけど、実際に会うのは始めてだ。なんだかとてもうれしい。


今年初めて袖をとおすウェットに身をを包み、スイムチェックに入るは。時刻は5時30を回ったところだ。砂浜の波打ちぎわに、小石があり、小石を踏んで沖に出ていく。ほんの少し痛い。足裏のツボ押し用のグッズを使って、踏んでいるかのようだ。


ウェットに海水を通し、スーツのカーブが体にそうように、微調整する。数メートル泳いで、遠くのブイを確認する。佐渡のスイムは、反時計回りに、海上の2つのブイを三角形にまわる。一周2kmを2周回だ。


おもったよりブイが近くみえる。これなら、泳げそうな気がする。5時45分、試泳時間後、全員が一度陸に戻る。あまり広くない砂浜に、選手がひしめきあって立つ。混み合った電車のようだが、みんなウキウキとした表情なのが、車内とは違う。毎日、毎朝、みんなウキウキして電車に乗ればいいのに。


地元佐渡テレビの実況アナウンサーの紹介のあといよいよスタート時間がせまる。この大会は、ライブ放送される。島内のテレビで、まる1日放送してくれているはずだ。ネットでも中継され、遠くの友人がぼくの勇姿をみれるというわけだ。勇姿でなく、ぼろぼろの中年のおっさんかもしれないけど。


午前6時、佐渡国トライアスロンAタイプスタート。右からドローン飛ぶ。泳ぎだす選手たちを写している。


選手の後方から、ゆっくり海に入る。遠浅の海で、しばらくは歩いて進む。頭にのせていたゴーグルは、少し汗で曇っている。海水になじませて掛け直す。


周りの選手が9割がた泳ぎ出した頃、ようやく水中に横になり泳ぎだす。目線が変わり、さっきまで真上に見えていた空は、息継ぎのたびに、見えたり見えなかったりする。おとといの荒れた海はどこへいったのだろう。本当に穏やかな海だ。まるでプールみたいだ。


周りに、選手がひしめきあってる。お盆休みに、遊園地の流れるプールの中で、無理やり泳いでいる。そんな感じがする。少し視界がひらけた思っても、何度も集団に飲み込まれる。手があたり、足がからみ、第一ブイまではひしめき合いながら進む。


第1ブイから第二ブイまでは、海岸と並行に進む。スタートから見ると、ほんの数メートルに見えた2つのブイは、海上で見るとずいぶん遠くに見える。とにかく、あの黄色いブイを逃さずに行くのだ。

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スイムはトラウマがある。2013年に初めての海外レース、ケアンズで、スイムに2時間13分もかかったのだ。当時の自分は、スイムは必ず周りに誰かが泳いでいるから、そうそうコースを間違えることもなくて、いつのまにか終わっているものさ。


そんな風に考えていた。


実際は、スタートして20分もたたずに一人になり、何度も何度もライフガードにコースを修正された。ろくにヘッドアップせず、目標を目でとらえずに泳いで蛇行した。あまりにも時間がかかり、潮の流れも変わり、ぎりぎりへとへとでスイムアップした。本当に、スイムでタイムオーバーになると思った。最後は、力なく、腕をくるくる回すだけで、どうにか、こうにかスイムを終えたのだ。

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そんなトラウマがあって、目標物を見失ったときのスイムが怖い。クロールのヘッドアップで見えづらいときは、躊躇なく平泳ぎに切り替える。目標に対し、蛇行せず、まっすぐ平泳ぎで進むほうが、蛇行してクロールで進むより、安全で確実だ。


平泳ぎにすると、まわりの選手接触する確率が増える。けど、人に気をつかえるほど余裕はない。


第二ブイを周り、スタートした海岸へ戻る。遠くから見えたブイとは違い、ビーチには水平にいくつもの建物が並んでいるので、実は目標を見失いやすい。選手もばらけてきたので、右手のコースロープぞいに進む。


岸まであと少し、思いのほか疲れていない気がする。陸にあがり、ひしゃくで水を一杯もらい、軽く飲んで2週目に入る。タイムは50分。このペースでもう一周したら1時間40分か、ほぼ想定どおりのペース。まわりは、Bタイプの選手が試泳しはじめたところだ。マイペースでい行こう。


2週目はぐっと選手が減り、広い海をのびのび泳ぐことができる。透明度はあまり高くない。目標のブイと、水中と、空とを見ながら進む。


なんだか気持ちいいな。2日前は、スイム苦手だからキャンセルになってもいいかも、なんて思っていた。けど、スイム出来てよかったな。トライアスロンしに来たんだし。


1つめのブイに着く頃、首の後ろがひりひりしてきた。ウェットのゴムが、くびに当たってヒリヒリするのだ。ウェットスーツの下に着ていたトライウェアの首を少し引っ張り出して緩衝材にしようとしたけど、あまり効き目がない。潮水がしみる。しかたがない。ワセリンも、くびのテーピングもしてこなかった自分の準備不足だ。けど、自然体で臨むっていうのも悪くない。


息継ぎの時はなるべく首だけでなく体全体をねじるようにして、ヒリヒリしないようにして泳ぐ。その場その場で、最適なやりかたを見つけるのも面白い。


2つ目のブイを目指して、平泳ぎをしてゆったり泳いでいると、ライフセーバーに声をかけられた。


「大丈夫ですかーーー?」


自分はいたって元気だ。右手でOKマークをつくりアピールする。苦しくて平泳ぎにしたと思ったのかな、景色をのんびりみたくて平泳ぎにしたんだけどな。


2つめのブイをまわり、あとは直線だ。遠くに見え隠れする白いテントを目指す。2週目も、右手にコースロープが見える範囲で淡々と泳ぐ。コースロープにくくりつけられた浮きが、いくつも通りすぎていく。昨年の珠洲のスイムは、潮が早すぎて、浮きがちっとも近づかなかったのに、次々と通り過ぎていく。進んでいる感じが心地いい。


今年最長のスイム。残り500メートルは切っただろうか。腕全体が重くなってきた。あと少しだ。


砂浜で応援している人々が大きく見えてくる。水は透明になり、海底の砂がよく見える、そろそろ歩ける深さと思い、体を起き上がらせてみたが、まだ深くて足が届かなかったった。ふたたび泳ぎ出す。陸に上がる少し前、日本選手権の選手に抜かれる。


スイム
1時間50分


2週目は1時間かかったということか。集団に混じって、もみくちゃの中泳いだ方が、速いんだろうな。


まばらに選手がスイムアップし、シャワーエリアで海水を落とす。手首にガーミンが付いたままだ、ウェットの袖が抜けないので、一度ガーミンをとり、口にくわえておく。スイム泳ぎきってよかった。次は楽しみにしていたバイク。バイクラック手前のエイドで、水とアクエリアスを飲む。


バイクはいつもどおり、ぽつんを残されている。足で踏みながらウェットをはがし、メット、グラブ、ゼッケンベルト、ゴーグルをして出発。背中には、ジェル6つ、バイクにもジェル6つ入っている。


ボトルは2本。両方粉雨飴だ。足つりしないように、芍薬甘草湯
の漢方のスティックを10本もつ。

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夏に、会社の先輩と仕事帰りに高尾山までランニングした。山頂にあるビアガーデンで美味しいビールを飲むためだ。ビールのため、摂る水分も最小限でいた。坂を登って行ったら両足がつった。一歩踏み出すにも、痛みがますばかりだった。数歩進むにも、驚くほど時間がかかった。


足がつったら、だめなんだな、、、、


足がつると回復までに時間がかかるし、痛みが怖くてパフォーマンスが落ちる。

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そんな出来事を思い出しながら、足がつらないことを優先するというマイルールで進む。

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バイクスタート。スタートゲートで、M田さんを再び見つける。マーシャルの仕事中のためか、おおきなリアクションはないが、あたたかく、にこやかに送り出してもれえた。いってきまーすと声をかける。


前方には4、5台のバイク。左手には、キラキラと陽を反射した、真野湾が見える。天気がよくなってよかった。これから佐渡島を一周する長い旅がはじまる。


沿道には、海岸沿いの階段に座りながら、過ぎ行く選手を応援する地元の方々。ほのぼとのした空気。なんだかサイクリング日和だ。


海岸から右に折れ、内陸を進む。今回、バイクコースの下見をまったくしなかった。聞いていたのは、Z坂と小木の坂の2箇所に大きな坂があるということだけ。


7年前、初めてミドルの大会に出場した珠洲の時も、バイクコースの下見はしなかった。珠洲は大谷峠という300mほどの峠がある。下見をしなかったおかげで、新鮮な気持ちでコースを楽しむことができた。実際は、歩くほどの速度で苦しみながら登り切ったのだけど。


なんていうか、自分は、事前にコースを知って戦略的にレースに臨むというよりは、次々と現れる未知の世界を楽しもうとする。そんなレースばかりだ。生き方も、そんな感じだなと、改めて思う。

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海岸を離れ、アップダウンが出てきた。そういえば、今朝の受付で並んでいる時に、後ろの選手が友人と会話してたのを思い出す。


珠洲のバイクに比べれば、佐渡はずーっと平坦だよ。ただ距離が長いだけ、珠洲がいけるなら、佐渡のバイクは余裕だよ、、、」


まるで、自分を安心させるかのような会話だった。そう、ぼくはその珠洲をほんの6日前に漕いできた。だから、たぶん、佐渡バイクも大丈夫なはず。この時はそう思ってた。

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20km地点、相川WSについた。まだバイクスタートして1時間も経っていない。2本のボトルに溶かした粉飴もまだ十分残っている。少し迷ったがコーラをもらうことにする。減速して、「コーーーク!」と叫びながら、ボランティアスタッフがめいいっぱい伸ばした腕の先から、コーラのボトルを受け取る。毎回思うけど、走っていくバイクの至近距離で、ボトルを渡すのは怖いだろうな。ほんとうにありがたい。


ボトルに入ったコーラを一気に飲んで、エイドステーションの終わりにあるボトルキャッチャーに投げ込む。ネットに刺さるボトルを見ながら、一瞬、ハンドボールの選手にでもなった気分になる。

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ここで、190kmを漕ぐ間の各エイドステーションを確認する。
ここで、とは言っても、レース前はまったく確認していない。レース後、完走記を書こうと思って、あらためて確認しているのだ。
さきほどの20km地点のエイドステーションが最初で、全部で11箇所のエイドステーションが設けられている、平均すれば、17kmに一度補給にありつけることになる。WSはウォーターステーション、ASはエイドステーションで、ASのほうが補給内容が豊富だ。


105kmから先は、Bタイプの選手も利用するエイドステーションになる。


20km、相川WS
43km、高千AS
56km、岩谷口WS --Z坂手前
72km、鷲崎AS
86km、浦川WS

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105km、住吉AS
123km、野浦AS
138km、多田WS
148km、赤泊AS
161km、小木AS --小木の坂手前
169km、羽茂AS

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内陸から再び海岸線に出る。ほんとにいい天気だ。サイクリング日和。前方に坂が見えてくる。跳坂。通称Z坂だ。


ギヤを落とし、坂に挑む。速度が落ち、心地いい風は消えた。上半身から汗が滲みでるのがわかる。体を冷やそうと、ボトルの水をかける。首が痛い。そうだった、スイムで擦り傷になってたの思い出す。


Z坂は一部工事中で、係員が交通整理をしている。確かにきつい。みるみる高度が上がり、さっきまですぐ左に見えていた海岸がはるか下にみえる。Z坂の終わり間際、半身をそって左手をみると、ゆるやかな弓状の湾がみえる。バイクを降りて、青空と海とバイクといっしょに写真を撮りたい気分にかられる。これが、サイクリングだったら、迷わず停まってるところだろう。ブルベだったら、通過チェックポイントになってるかもしれないな。


登り切ったつもりが、海岸が見えなくなっても、まだ坂は続いている。前を向いて、一漕ぎ一漕ぎいくしかない。素敵な景色のボーナスは終わりだ。


登り続ける坂なんてないのだ。ふと、坂は終わり、下りになる。道はひろくない。慎重に下る。大会中はクルマの利用を制限されているのだろう。突然対向車が来ることもない。こんな広い佐渡島を、楽しませてくれる大会に本当に感謝する。

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Z坂を過ぎしばらく漕ぐと、左手に大きな岩が見えてきた。大野亀だ。緑の絨毯のなかをくねるような登り坂を進む。大野亀の頂上付近をみると、ケルンのような小さなとんがりが見える。もしかして、登れるのだろうか。行って見たい。(翌日、クルマで確かめに行ったが、頂上に向かうトレイルは道が崩れていて通行止めだった)


自然が作り出した景色を楽しみながら進む。佐渡に来てよかった。これはレースではないのだ。長い長いサイクリングを楽しんでいる気分になる。ちょっと時間制限の厳しい、サイクリングなのだ。ブルベだとしても、PCとして使えるコンビニもない。島の自然と風を全身で感じる、素敵な時間なのだ。

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気温は25度もあるかないかだろうか。どこからともなく吹く風が、ひんやり気持ちよくて、まるで、クーラーの効いた部屋に横になっている気分になる。気持ちよすぎて、眠くなりそうだ。


同じような漁村が何度も現れて、もしかして、さっき応援してくれてた沿道のおばちゃんたちの前を、再び通っているかのような気分になる。本当に自分は前に進んでいるのか、知らないうちに、ぐるぐるとまわる無限ループの一部になっているのでないか、時折そんな気分にもなる。

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佐渡島は、濁点を反転させたような形をしている。上の部分を大佐渡、下の部分を小佐渡と呼ぶ。佐和田の浜から、大佐渡をめぐり、大佐渡は残り3分の1。コース上には、バイクコース100km地点、のような看板が立ててある。大会用に設置したのではなく、交通標識とならんで、常設してあるのだ。これなら、大会当日でなくても、楽しめるではないか。30年も続く伝統のトライアスロン大会なのだ。この記念すべき大会に出られてうれしくなる。

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バイクの車体から、シュッシュと異音がする。いつからだろう。キャノンデールスライスは、インド駐在が終わって真っ先に手に入れた、昨年は宮古島珠洲、今年は先週の珠洲で使っている。それ以前はロードバイクのCAAD9でレースに出ていた。レース中、パンクも含めてメカトラブルになったことはない。



今回も、レース前タイヤとチェーンを新調した。チェーンを張り替える時に、エンドの緩みに気づいて締め直した。緩んだままレースに出ていたら、どこかで折れたりしていたかもしれない、本当にツイていると思っていた、けど、とうとうメカトラブルか、、、。


バイクを停めて確認する。異音がする後輪をまわしてみるが、特に異常はない。点検している間に、数人の選手に抜かれる。


再び走り出す。がどうしても、シュッシュという異音が治らない。ブレーキが当たっているか、それともタイヤがゆがんでいる?


もう一度止めて確認する。勢いよく後輪を手で回すと、シュッっと音がした。やはり後輪だ。より注意深くみると、ホイールについているシールが一部めくれあがっている。


MAVICのホイールのCOSMICのシールが剥がれ、フレームに当たっているのだ。よかったメカトラブルではない。剥がれかけたシールをつけようとしたが粘着が落ちて張り付かない。シールで速く漕げるわけでもない、異音の原因のシールを剥がした。カッコいいCOSMICのMICの部分をはがし、COSの部分だけ残った。ぼくのホイールは、マイクを取って、コサインになった。数学科出身のぼくにぴったりだ。くだらないことで一人笑い、再びバイクをスタートさせる。


バイクから異音はない。よかった。捨てようとしたシールは、フレームにつけておいた。貧乏性だな。

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佐渡のバイクコースはいくつものトンネルがある。長いものでは1km近くある。短いものは50mほどだ。次のトンネル前にはスタッフが立っている。右カーブの先がすぐにトンネルだ。


「トンネル内、ウェット、悪路、暗いので注意!」


と端的にアドバイスを飛ばしてもらう。ありがたいな。
安全にレースをしてもらいたいという配慮を感じる。

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ここは何キロ地点のエイドだろうか、喉が渇いた。コーラと、ええっと、どうしよう、水も欲しい。ケージには2本のボトルがささったまま、よく考えずに新たに2本のボトルを受け取ってしまった。1本はDHバーの真ん中に挟み込み、もう一本は、、と考えているうちにハンドルが自然に切れていき、速度ゼロで転倒。


まずいな、頭が回っていないわ。
一旦完全停止し、コーラをぐびぐび飲む。水を飲み、体にかける。あいたたた、首がしみる。そうだった。


コーラのボトルはキャッチャーに戻す。水だけ持っていく。DHバーに挟んだボトルは、収まりがよいと思ったのは最初のみ、中の水が少なくなってくると、振動で跳ねて、飛びそうになる。


ボトルを捨てたいが、、その辺に転がすわけにはいかないし
次のエイドはいつだ?どこだ?なかなかエイドが現れない。


前に、小さくスタッフが見える。少し減速しながら、


「ボトルお願いしまーーーーす」


と転がすように渡す。すいません、頭まわってなくて。

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両津に戻ってきた。戻ってきてはいないが、金曜のフェリーで着いた港というだけで、妙に親近感がある。大佐渡の100kmは終わりだ。続いて小佐渡を巡る。


105km地点の住吉のエイドに着く。丁度、町トラの先輩、I口さんが応援にきてくれていた。なんだか嬉しくてニコニコしてしまう。


「F村さんは先にいったよ、あと、M橋さんと、O槻さんはまだ来てないな。」


そうなのか、みなさんを追いかけているつもりで漕いでた。後ろからおいかけてきてほしい。


「ここから先は、3つほど登りがあるから、がんばって」


アドバイスがありがたい。コースを知らずに臨んでみたものの、コースを知っているほうが気持ちの余裕が違うのがわかる。行ってきまーすと手を振りエイドを後にする。

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時刻は、午後1時を過ぎた。レース開始から7時間が経過。


疲れはあるが、どこも痛くはない。低出力で筋肉を動かし続ける能力は多少は備わったのかもしれないな。トライアスロンはじめて、10年になる。いつも順位は下から数えたほうが早いけれど、怪我なく過ごせてこれた。すばらしい景色や、風を感じてきた。いつも思うのだけど、特にロングのトライアスロンは、丸一日かけた長い旅のよう。ずっと変わり続ける目の前のスクリーンに自分が溶け込んでいる。そんな気分になる。


佐渡の右側を漕ぐ。佐渡一周を時計に例えるなら、3時から6時のあたりか。選手はまばらになり、前の選手が見えかくれする。風は追い風だ、気持ちいい。午前中にクーラーのように感じた風はもうない。


けど、左手の海岸線をずっと眺めながら、漕ぐ。もう、ずっとこうしているのかもしれない、いつから漕いでいるのだろう、この先もずっと漕いでいくのか。


ひとつまえのエイドでは、ボトルありません。と看板が立てられてたが、次のエイドは大丈夫だった。


Bタイプの選手も使うエイドでは、ボトルが一時的に足りなくなったのだろう。30回の記念大会用に新しくなったボトル。皆が、お土産として、持って漕いでいるのが目に浮かぶ。自分もそろろそ1本調達しておきたいな。


2013年、ケアンズでもらったボトルをキャッチャーにあづけ、佐渡のボトルをさす。ケアンズのボトルはもう5年も使ってたのか。インド駐在中も使ってたっけ。


それにしてもいい風だ。このままずっと追い風でいてほしい。自分をバイクフィニッシュまで運んでくれ。

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161km地点、小木のエイドに着く。残り30kmを切った。追い風も手伝って、ここまでバイク6時間40分。スイムと合計で8時間30分、時刻は午後2時30分ということになる。一つ坂があるらしいけど、あと1時間くらいでバイクを終えられないかな。安全のため、ランに6時間とっておきたい。


制限時間は15時間半。午後3時半にランスタートできればいい計算だ。遅くとも4時にはスタートすれば5時間半でラン。


スタート時点では、佐渡一周バイクで走れれば満足だなと思ってたのに、あわよくば完走したいという気持ちが大きくなってきた。先週の珠洲を終えた時点では、ちょっと今の体力じゃ無理かなと思ってたけど、今日の佐渡は、灼熱にならず、絶好の天候なのだ、この機会を逃したら、、、珠洲-佐渡完走はないかもしれない。


小木のエイドはなんだか賑わってた。賑わってた理由を知らずにいた。


ボトルに水を蓄えエイドを出る。右折した直後に登り坂が始まる。


これが、小木の坂か、、、、


ギヤを落として漕いでいく、つりそうな脚には、漢方を飲み込みやり過ごす。Z坂と同じくらいの坂なら、なんとかなるだろう、、軽い気持ちでいた。


坂の途中沿道で応援している人に声をかける、自分としては、7割くらい登った感覚。


「この先どれくらい続きますかね?」


「まだまだ、まだまだですよ、がんばってー」


あれ、そうなんだ、けっこう登ったのだけどな。確かに、前には坂が続いてる。上は切れてるようにみえるから、そこが頂上にみえるけど、まだあるんだ、、、今度は、隣で漕ぐ選手にきいてみる


「きついですね、あとどれ(登るか)くらいか知ってますか?」


「もう少しで、終わりますよ、ただ、1発じゃ終わらないんですよね、いくつかあったはず、自分も忘れましたがね、」


まじか、、、



疲れた脚にボディーブローのように効いてくる。まあ、ボディーブローを実際に受けたこともないのだが。とにかくじわじわ削られて行く感じがわかる。さっきの小木のエイドが賑わっていたのは、小木の坂を登る前に、十分補給しようとしている選手がたくさんいたのだ。



選手の言ったとおり、終わりにみせかけて、まだ坂が続く。少し下っても、また坂が現れる。もう、疲れたよ。あわよくばここから1時間でバイクフィニッシュなんてとても無理だ。時速一桁台になってる。まずいな。


さきほど十分な補給をしてきた選手らに抜かれて行く。つらないぎりぎりで一漕ぎ一漕ぎしていくしかない。他の選手はどうでもいい、自分自身のコントロールに集中する。自分を操作するのだ。言うことを聞かないかもしれないけど。


なんども騙された小木の坂が終わる。あきらかに下りだ、よかった、下りおえたら平坦だろう。高速で下り下りたあと、ふたたびじわじわとした登りが現れる。


まだあるのか、、、


すいすいと女性が登っていく。強いな。ようやく最後の登りを終えたあと、向かい風になった。ふと、先輩の言葉を思い出す。


「、、、、小木の坂を終えてさ、左手に真野湾がみえるわけ、スイム会場がはるかかなたにあるのだけど、そこからずっと向かい風なんだよ。毎年、毎回。残り10kmDHバーにしがみついて、耐えるしかないんだよね、、、、」


確かに、、、


言った通りだ。
向かい風でスピードはまるででない。
疲れ切った、いうことを聞かない脚でいくしかない。


本当に、ランスタートできるだろうか。
長いよ、バイク。

  • -


しがみつきながら、どうにか市街地まで戻る。
クルマの数が増えた。


二股に分かれるY字の交差点を左に進むと、こんどは、ランナーが見えてきた。バイクコースと一部重なっているのだ。バイクフィニッシュはもう少しか。


向かってくるたくさんのランナーを見ながら、さらに進む。


ってことは、この道をまたずっと走るってこと?次は自分の脚で。
もう、いいから、早くバイクを終えたい。


むこうから走ってくる選手に見覚えがある。Nさんだ。
8年前の珠洲で友達になった。トライアスロンスクールに入り、力をつけた。なんだかうれしくて、Nさーんと声かけると、気づいて手をふってくれる。


商店街を抜け、左折するとようやく見覚えがあるトランジションエリアが見えてきた。長かった。ランに残された時間が気になる。


時刻は4時を少し回ったところか。残された時間は5時間半を切ってる。まずいな。けど、念願だった佐渡バイク190kmをこなしたぞ。



バイクタイム 8時間16分
経過時間 10時間8分、制限時間まで残り5時間22分。

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トランジションエリア。わがやに久々に戻ってきた感じ。バイクをラックに掛け、腰を下ろす。隣もランの準備をしている選手がいる。


お互い顔をみあわせ。いやー長かったですね。と笑う。


ここでのんびりしている時間は無い。バイザーをかぶり、ソックスを履き替え、ランシューズの紐を結ぶ。足つり防止の漢方を背中とパンツのポケットに突っ込む。


ラン頑張りましょう、と、まだ準備している隣の選手に声をかけ出発。スタートのエイドで水を飲む。これから夕方を迎えようとする街。夏の終わりと、秋のはじまりの、どちらにも属さない感じの今日の空気。


ランは21kmの周回コースを2周する。1週目と各エイドに関門時間が設けられている。1週目は19:30までに終えないと、2週目に進むことはできない。


仮に、19:30ギリギリに2週目をスタートできたとしても、21kmを2時間で帰ってこなくてはなならい。単なるハーフマラソンの大会なら余裕をもってゴールできるだろうが、疲れ切った脚のことを考えると、19時には2週目に入りたい。


もし、両足つったりしたら、とぼとぼと歩いて、関門にひっかかって終わるだろう。兎に角、アクシデント無く脚を動かし続けるのだ。

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ランスタート直後のエイドで水を飲む。空腹感はないので食べ物はいらない。海岸沿いを少し走ったあと右に折れ、商店街を抜けていく。


折り返しの選手が、道の反対側を走っている。1周目と2周目識別するものはないので、どの選手がゴール間際なのかよくわからない。


すれ違う選手の姿を目で追う、I井ちゃんと、A野さんを見つけ、声を掛け合う。


商店街のあと、住宅街を抜け、左に折れて何度か曲がると、田んぼが広がる、のどかな景色に変わる。


道の両側は遮るものがなくなった。走りながら、首を左に向けると、遠くまで続く田んぼと、その奥に山が見える。今どの方角に走っているのだろう、今見ている景色は、小佐渡か、大佐渡か。


少し目が霞む。歳のせいか、今年に入ってから眼のピントがあわせづらくなってきた。前を走る選手を見るより、遠くの景色をみているほうが楽だ。


前の選手の走り方が普通と違う。近づいてわかった。義足なのだ。Bタイプの義足の選手は、ゴールを目指して進んでいる。すごい。追い越しぎわ、小さく手をグーにして、ナイスランです、と言いながら、自分がエネルギーをもらっている気がした。すごい。


田んぼの真ん中を突っ切る道の両側には、足元を照らすように灯篭が設置されている。これから暗くなってくると、点灯するのだろう。


橋をわたり、若干の下り坂、そのあと登り坂になる。
微妙な登りがきつい。でも、7時までに1周目を終えるのだ、脚は止めない。ペースは、キロ6分半、エイドに寄った区間は7分半で進む。


10km地点まで登り、ゆるやかな下り、左に折れる。折り返し部分は、ループ上になっていて、戻ってくる選手とすれ違うことはない。


ここまで下ってきた道を登るのか、、、
と、げっそりした気持ちでいると、応援しているI口さんに会えた。
バイクでは、住吉で応援してくれた。


「娘さんは、I田さんらが連れてきてくれて、ゴールで待っているよ」


今朝、娘を宿に置いたまま、自分はレースに来た。同じ宿で日本選手権を終えたI田さんとその家族が連れてきてくれたらしい。ありがたい。娘には、丸一日ゲームしててもいいから、なんて言ってしまった。


「ありがとうございます!!!」


少し元気に登り坂を走れてる自分がいる。体は気持ちにコントロールされるんだな。


時刻は5時半。日没まで45分。


7時までに1周目を終える、脚は止めない。エイドで補給するものは水分だけ、何か食べた方がいいのかもしれないが、受け付けてくれる感じはしない。


途中のエイドでオレンジのタスキをもらう。安全のためのリフレクターなのだ。少し長いので、体にフィットするよう端を結ぶ。ひとりで、駅伝みたいだ。


行きに通った道を折り返し、商店街まで戻る。
次第に沿道の応援が増え、声をかけられる。


「ゴール?」


「いや、もう一周」


「待ってまーす♪」


バイクでリタイアになった仲間も、沿道から応援してくれる。ひとの分まで背負える元気はないけど、いけるところまで楽しみたい。


フィニッシュエリアに向かう選手を左にみながら、自分は右の周回コースに戻る、あそこにたどり着けるだろうか、、、。


ここまで、21km、2時間20分ほどで1周目を終えた。
時刻は6時半。制限時刻は9時半。残り3時間でハーフマラソンだ。


疲れ切ってた。2周回目に入ったら、少し歩きを入れようと考えてた。けど考えを変えた。もう少し、いけるとこまで走ろうと決めて、進む。前を友人同士なのか、2人の選手が話しながら走っているのを追い越す。


角を曲がると、娘が待っていた。一緒に写真を撮ってもらう。娘は少し恥ずかしそうに、でもどこか、うれしそうに写真に写る。


いってきまーす。顔はニコニコしていたけど、疲れてた。でも、一歩一歩いこう。ペースが落ちてくるのがわかる。


日の入り時刻を過ぎ、あたりは暗くなる。自分が暗闇にまぎれると同時に、走り続けるのはやめた。どこか、明るいうちは、かっこつけたくて、走り続けてたのかもしれない。暗くなり、ほっとして、歩きとランを織り交ぜながら進む。ラップタイムは、7分台だ。ずっと走り続けている選手と、抜きつ抜かれしつつも、同じ集団で移動している。


田んぼへの道へでると、一層暗くなってる。灯篭のない部分は足元さえ見えない。他の選手はどうやって走ってるのだろう、今は、前をいく選手の肩をみながら、足元には平らな道があるはずだ、とカンで走ってる。一人になったら、道を外れるかもしれないな。


走りに歩きを織り交ぜてたつもりが、
歩きに走りを織り交ぜた感じになってきている、


いちにさんしごーろくしちはち、と数えながら走って。
いちにさんしごーろくしちはち、と歩いてたのに。


いちにさんしごーろくしちはち、と走って、
いちにさんしごーろくしちはち、きゅうじゅうじゅういち、、、と歩いてる。疲れた。


27kmをすぎ。歩きだした。走る元気がない。
気持ちだけ急ぐが、脚はそうもいかない。
ガーミンがラップを伝える。


9分39秒。


まずいな。

  • -


1周目を終え残り3時間。まわなない頭で考えた。キロ9分なら、10kmを90分で進める。20kmなら180分、つまり3時間だ。21kmなのでプラス1km分は、8分台で進めばいいはず、たぶん。


ところが、1kmを歩いてみると、ラップは10分近い。まずい、貯金を食いつぶしている。どんどん貯金がなくなって、たとえば終盤キロ5分でないと挽回できないことになったら、とてもゴールは無理だ。やばい。


少しでも走らなきゃ、、と2、3歩走ってみるが続かない。
まずいな。


1周回目はがんばってみたけど。まだ自分は未熟だったのかな、珠洲佐渡なんて、練習もしていないのに、そんな日程組んでる自分がバカなんだ。


くそぅ。


あたりは暗く。田んぼはどこまでが田んぼかわからないくらいに見えなくなり、山も消えた。自分はどこにいるのだろう。ここまでか、、。あとは、エイドごとの、関門時間のどこかでタイムアウトになって終わるのだろうな。


自分にくやしくなって、眼の奥のほうで汗が生まれるのがわかった。何かかこぼれ落ちそうになり、誰も見ていないけど、上を向く。




満天の星空だ。




今日1日楽しかったな。泳いだり、サイクリングしたり、そして夜は、心地いい風にあたりながら、散歩してるんだ、ぼくのレースは終わりだ。今の状況を納得させるようなセリフと、くやしさとが交互に出てくる。


ごめんな、せっかくゴールで待っててくれてるのに。パパ少し力不足だったな。


ときおり、暗闇の向こうから、がんばれーと声援が聞こえるけど、左から右にすり抜けていく感じがした。もうすっかり、レースはあきらめてた。

  • -


31km地点、残り11km。後ろからひたひたと追い抜いていく選手がいる。すごいな、こんな時間帯でもまだ走りつづけている選手がいるんだな。


みると、自分より10もしくは20歳ほど年上の選手のようだ。すごいな。自分は、かなり歩いたけど、まだエイドの関門にはひっかかってないな、昨年ランでリタイアになったS井さんから、エイドの関門時間が厳しいと聞いていたが、まだ大丈夫のようだ。


登り坂、少し走ってみる。かなりゆっくりなら走れそう。
ダメ元だけど、行けるとこまで行こう。


後ろから話し声がする。


「このペースなら、いけますよ、キロ9分で大丈夫、、、」


なんども出場しているベテランなのか、この選手を信じてみようかな。彼についていけば、もしかして、制限時間内にゴールできるのかもしれない。


それでも、走り続けるのは難しくて、多少歩きを織り交ぜながら行く。自分のペースが変化しても、幸い、ベテラン選手は、目の届く範囲にいる。たぶん、この人の、自信ありそうなペースなら大丈夫。


エイド。日が落ちて気温も下がってきた。冷たい水分はからだが欲してない。ありがたいことにあたたかいお茶の用意があった。思わず頼む。自分で水をいれぬるさを調整して飲む。


ベテラン選手はエイドでしっかり補給している。先に出るが、歩いているうちに再び追いつかれる。


キロ9分でいいと言っていたけれど、本当だろうか?
あらためて自分で計算しなおす。相変わらず、頭は回っていない。


時刻は、8時半すぎ。制限時間まで1時間を切ってる。
残り6km。キロ9分で54分かかる。


やばいじゃん。
間に合わないかも。


ベテラン選手を置いてペースをあげた。自分で判断して決めたほうが、もし、ゴールできなかったとしても納得ができる。


脚はひどく重い、走り続けるのは難しい、早歩きでごまかす。田んぼの真ん中でこんな遅い時間まで応援し続けてくれる人がいる、また来年来てねーと。ありがとう。ありがとう。


ぼんやりと、足元を灯篭が照らしてくれる。


住宅街に入る。残り何キロだろう。最後のエイドです、って言ってる。残り3km。だったら間に合いそうだ、本当に3kmか?残り3km台って意味なのか、3km台だったら、3.9kmも3km台だからな、、、、


ぐるぐると頭がめぐる。


少し坂を登り、右に折れる。かろうじて機能している自分の記憶によれば、あとは直線で、商店街が見えるはずだ。


暗い中を進む、ペースは上がらないが、一応走ってる。商店街はどこだ、この先だったはず、もう少しのはず。


ようやく、向こう側に明るい光が見えて来た。


すでにゴールした選手が並んでいる。


「おつかれさまでした!」


選手とハイタッチをするとき、今日のこの長いレースに挑んできた仲間としての、共鳴を感じて、よりじんとくる。


帰ってきたんだ。


華やかな商店街を抜け、左に折れる。係に、オレンジのタスキを返す。1週目で眩しく見えたフィニッシュゲートが再び見える。こんどはあのゲートをくぐれるのだ。


最後の直線で、娘と合流する。ずいぶん待たせちゃったな。
手をつないで、フィニッシュゲートに向かう。


右手は、すでにゴールした選手でごった返している。自分の姿をみつけた仲間が、おかえりーと声をかけてくれる。


「帰ってこれないかとおもったよ」


と、本音が溢れる。


長かった、本当に長かった。
娘といっしょに、フィニッシュテープを頭上にあげた。


自分の名前がアナウンスされるのが聞こえる。

    • -


ラン 5時間13分
トータル 15時間22分。

  • -


珠洲Aから佐渡Aへ、自分の長い長いレースが終えた。


      • -


まもなく、大会は制限時間を迎えた。フィニッシュゲートは解放したまま、制限時間を超えた選手もあたたかく迎えている。


早朝に泳いだ佐和田の海にむかって腰をかけると、盛大は花火がうちあがる。ぼんやりと、花火をみながら、今日1日の素敵な旅を思い出してた。今日だけじゃない、珠洲から佐渡に続く、長い長い自分だけのレースを思い出していた。


楽しかったな。

  • -

またエントリーするかって?うーん。
もしやるなら、4週連続とかがいいんじゃないかな。

  • -

終わり。

BRM602諏訪湖600km 完走記

自転車に乗っていると、いろんな風に吹かれる。自分が漕いで生まれた風に吹かれるのが、一番好きだ。


ブルベ

Twitterを眺めていたら、一日で、数百キロを漕いでいる人たちがいることを知った。コンビニで買ったレシートの画像をアップしてた。



初めは意味がわからなかったけれど、それがブルベというイベントで、コンビニのレシートはチェックポイントを通った証明として使われているのがわかった。なんだかスタンプラリーみたいで面白そうだ。



工事現場のような黄色いベストを着て、コンビニの駐車場の片隅で、脚をあげて休んでいる姿が、なんだかかっこよく見えた。雨も、風も、関係なく淡々と漕ぐのがかっこよく見えた。



ロードバイクを買った頃から、長く、遠くまで漕ぐことに興味があった。トライアスロンに出た時も、速さや順位ではなく。遠くまで走り切ったとき、どんな気持ちなるのだろうということに興味があった。



以前、自転車で世界一周した旅行記を読んでたことがある。何年もかけて、いろんな国を自転車を漕ぎながら旅するなんて、素敵だなと思ってた。



何年も、ではなくていいから、何十時間も自転車で、漕いで遠くへいってみたかった。


ブルべのすべて

ふと立ち寄った本屋。本だけでなく、テーマごとに本や関連グッズも置いている素敵な本屋だった。



自転車コーナーにいくと「ブルベのすべて」というタイトルの本が目に留まった。ブルベをやってみたいなと思っていた矢先、なんだか背中を押された気がした。



200kmのブルベ参加からはじまり、300km、400km、600kmと、徐々に距離を伸ばしていく様子が、体験記のように描かれていて面白かった。知らなかったことに付箋を貼りながら読んだ。


装備

読んだ熱が冷めないうちに、ブルベに必要なアイテムをそろえた。

道路交通法で義務付けられたベル、

・夜間走行に必須なライト、

・安全のためのヘルメットにつけるテールライト、

・荷物をコンパクトにまとめるサドルバッグ、

・ドライバーに発見してもらうためのテールライト。

・ブルベであることが一目でわかる反射ベスト



反射ベストは少し悩んだ、軽くて自転車向けにつくられたシンプルなタイプか、実際の工事現場で使われるようなポケットが沢山ついているタイプか迷った。



ブルベ中は、コンビニ等でバイクから離れる時に、ブルベカードや財布や携帯など、思いの外身につけるものが多いことが分かった。空気抵抗を考えると自転車向けのほうがよいけれど、ポケットが沢山付いているタイプを選んだ。



シューズも新調した。これまでのシューズはサイズが大きくて、ペダリングの時にどこかパワーが逃げている気がしてた。



輪行バックも準備した。トラブル時や疲れ切った時に電車で帰れるように。


  • -

あれこれ選んだアイテムは、すべてネットで注文した。2018年の冬。

大流行してたインフルエンザA型になり、高熱でベッドのうえで寝転がってた。

文字どおり、「熱が冷めないうちに」注文してしまった。



あとは出場するブルベを決めるだけだ。


「もしかして諏訪湖まで来る?」

重要アイテムの反射ベストが届いた。なんだかうれしくて、facebookに写真を載せた。友人からコメントが付いていた。



「もしかして諏訪湖までくる?」



友人は諏訪湖の近くに住んでいる。彼はヒルクライマーだ。自転車で遊びにおいでよ、いっしょに漕ごうぜ、という意味だと思ってた。



「春になったら行く。あそぼーぜ♪」



と返事すると。



「いやいや、6月だろう?AJ西東京BRM602!」



「???」



知らなかった。



諏訪湖まで行って帰って来るという600kmのコース。AJ西東京のWebサイトに行くと、素敵なイラストマップが掲載されていた。



600kmか、、、、、。



果てしないな。

イラストマップにはスタップからメッセージがのっていた。



「無事に帰ってくださいね。(電車でもいいですよー。)」



なんだかじわーっと、こころがあたたまる。行けるとこまで行ってみて、帰りは電車でもいいから、この素敵なコースを楽しんでみてね。



そんな風に言われた気がした。


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昼にランニングしている時、数百キロも漕いでいる自分を思い浮かべてみたけれど、やっぱり想像できなかった。


3月4日

BRM602諏訪湖600kmにエントリーした。

エントリーしてしまった。

完走できないだろうな。


でも、どこまで行けるか試してみたい。

そんな気持ちが勝った。

スタッフさんも無理だったら電車でいいよといってくれているし。



制限時間40時間。



24時間をこえるレースに出たことがなかったので、ワクワクする。もちろん夜中に自転車を漕いだ経験もない。まあ、ブルベはレースではないけれど。



エントリー費2300円。



トライアスロンの数万円に比べると格段に安いエントリー費だ。ブルベは営利目的での実施を禁止されていることもあって、運営費としての必要最低限のエントリー費になっているのだろう。



距離あたり、時間あたりの費用を計算する。

・1kmあたり、2300/600 = 3.8円/km

・1時間あたり、2300/40 = 57.5円/時



これまでこんなに安く楽しめるレース(繰り返しになるがブルベはレースではないけれど)イベントはあっただろうかと一人で笑う。



教えてくれたK田にはエントリーのことは内緒にしておいた。やっぱり出るんだって驚かせたいのもあるけど、そもそも諏訪湖までたどり着く自信がなかった。


バイク

自分が所有しているバイクは、キャノンデールのCAAD9と、おなじくキャノンデールのTTバイクのスライスだ。



CAAD9はトライアスロンを始めた頃の2009年に購入した。最長で2013年ケアンズのアイアンマンレースで180kmを漕いだことがある。



スライスは2016年に手に入れた。2017年の宮古島トライアスロンで漕いだ157kmが最長となる。



長い時間漕いだ時の体のダメージをくらべると、アルミフレームのCAAD9にくらべてカーボン製のスライスのほうが明らかに楽だ。



諏訪湖600kmにはスライスで行くことに決めた。



少し不安だったのは、ブルベの大会によっては、DHバーなどの突起物がついたバイクでの参加を禁止しているところがある点だった。



諏訪湖600kmの要項には特に制限はなさそうだ。安心した。



3月の頭から、しばらく乗っていなかったバイクを再開した。距離は圧倒的に少ない。



3月:215km

4月:532km

5月:291km



一ヶ月かけて漕ぐほどの距離を一度に漕ぎきるのか。5月連休中は、190kmを漕いでみた、途中交通量が多いところを漕いだとはいえ、12時間近くかかり、しかも終盤は力なく惰性で進んでいるだけになった。



これの3倍もあるのか、、、と途方も無い感じがした。


マップ

地図はどうしようか悩んだ。GARMIN520Jをふるさと納税で手に入れてから使っていないのを思い出し、日本語版のデータを入れ、まずは使えるようにした。



520Jには交差点をガイドしてくれる機能があるので、それを利用する。ブルベの大会は、与えられたキューシートと呼ばれる情報を元に、自分で道を確認しながら進む。いままで出たトライアスロンの大会は、必ず誘導員がいて、道を間違えることはないけれど、ブルベの大会はすべて自分の責任で道を進む点が大きく違うのだ。



600kmのデータをRide with GPSのサイトからダウンロードし、520Jに入れた。マップをみるとえらく直線的なルートが描かれていた。確認すると、PC(チェックポイント)のデータだけインストールしていたことに気が付いた。あらためて、全ルートをダウンロードしインストールする。



起動しない、、、



マップ情報が大きすぎるのか、起動しない。ルート上でポイントを500ポイントに絞ったデータのダウンロードは有料会員になる必要があったので諦めた。



どうしよう。



キューシートを頼りに進む?



いやそれは無理だ。



キューシートを眺めてみても、自分の居場所と、どうやったら正規ルートに復帰できるかは示せない。



調べた結果、使い慣れたGoogleマップを使うことにした。Googleマップにマイマップという機能がある。ルート情報を保存していつでも読みだせるようにした。これでルート確認は大丈夫そうだ。問題は、走行中に確認できないことと、バッテリーが切れたらおわりだということだ。



モバイルバッテリーを購入し、520JとiPhoneに充電しながら進めるように準備した。


1週前

睡眠不足の中で漕ぐことを想定して、眠気対策として大会中カフェインが効きやすい体にしておこうと思った。一週間前からカフェイン制限をした。コーヒーや緑茶などのカフェインが含まれる飲み物をとらないようにした。当初は一ヶ月前から制限しようと思って一度試したら、1週間ほどで効果がありそうな気がしたので、1週間にした。



大会が近くにつれ、週末の天気が気になる。梅雨も近い6月のはじめだ。土日には雨マークがついている。雨カッパを着て漕げるだろうか。ブレーキシューがもつだろうか。600kmもの距離、予備のブレーキシューがいるのではないか?こんなことならずっと気になっていたキャニオンのディスク仕様のバイクを買っていけばよかった。。。。ぐるぐると考え頭の中をめぐる。



神様が不安な様子をみていたのか、予報は曇りから晴れに代わり、雨の心配がまったくなくなった。



これはついてるかも。



そう、ぼくは、いつでもついてるんだ。


6月2日

3時起床。

ボトルに粉飴と水をつめて出発。

受付は4時だ。



外はまだ暗い。



DHバーのひじかけパッドの下に、それぞれつけたVolt800。右を点灯させた。ひとつは、会社の自転車友達Yから借りた。



600kmのブルベに出ることを伝えると、Yは嬉しそうに貸してくれた。ありがたい。



スタート地点の淡嶋神社に向かう。

家から町田街道をいけばいい。

迷うことはない。



お宝なんとかという店舗が見えたらを右に曲がればいい。クルマでなんども走ってる、知ってる。



道を曲がる。

受付時間の少し前につきそうだ。

順調な滑り出し。。。。



あれ、



どこだろ?

淡嶋神社って。

立ち止まって地図を確認する。



お宝なんとかっていうホビーショップは、もう一店舗あって、ここではないらしい。少しでもバッテリーを長もちさせたいのにすでにスマホをつかってしまった。



スタート地点がわからずに、DNSというオチは免れた。

うっすらと明るくなる空。

淡嶋神社についた。


スタート前

スタート会場にライダーが集まる。



ハンドルの中心にDHバーのような一本角が出たようなバイク。Twitterでみかけたことがある、たしか5月に本州一周TTを完走した人だ。すごいなぁ。



前後に布製のバッグをつけたバイク、バックパック背負ってる人、メットにつけたカメラ。



いろんな人がいて面白い。



トライアスロンと違って、ピリピリした感じはない。

これから始まる長い旅の前の、ゆったりとした時間、ワクワクした感じがする。



受付で、ブルベカードを受け取る。



カードには、あらかじめ自分の住所と名前が印刷された紙が貼られ、各PCの場所と距離が記載されている。



はじめてのブルベカード。



レシートを無くさないようにとの配慮から、クリップまでつけてくれている。ありがたい。



受付で名前を伝えると、なんだか芸能人みたいな名前ですねと言われる。昔、ジャニーズに同性同名のアイドルがいたのだ。ブルベのスタッフの年代はそんな年代だ。



スライスを植え込みに立てかける。背中から朝食代わりのソイジョイをかじりながらしばし待つ。


ブリーフィング

ブリーフィングが始まる。



安全第一で帰ってくること、帰宅までがブルベであること、昨年は天気が荒れて完走者は10人程度であったこと、数年前はドクターヘリで運ばれた人がいたこと、PCのコンビニでは店舗のガラスにたてかけないこと。



2週前の試走では、夜間や早朝はかなり冷え込んだけれど、この土日は大丈夫そうだ。逆に暑すぎて熱中症に注意が必要なくらいだ。



自分ににとってはじめてのブルベ。

スタッフの言葉ひとつひとつに注意する。

雨には当たらなそうだ、ついてる かも。


  • -

ブリーフィングが終わり、装備チェックからスタートとなる。



2名のスタッフが、ライト2灯、ヘルメットにつけたテールライト、バイクにつけたライト、ベルを確認する。



ブルベカードを見せながら、



「はじめてのブルベなんです!、いけるところまで行ってみようと思います。」



と嬉しそうに話すと、

スタッフのかたはブルベカードを見せながら、



「そうか、がんばってね、途中棄権のときは必ずこの連絡先に電話してね、ここだよ。」



と念入りに説明してくれた。

この時は、自分もスタッフも、どこまでいけるのかわかていなかった。


スタート〜通過チェック

装備チェックを終え、各自スタート。号砲のピストルも、ラッパも、声援もない、静かなスタートだ。



6月2日土曜日。午前5時。



街はまだ眠りから醒めかけで、ひんやり冷たい空気をまとってる。

通過チェックのセブンイレブン七里ガ浜までは39km。



80名弱のライダーが、信号ごとに、数名の小さな塊にちぎれていく。

チェックポイントまでの道はあまり頭にはいっていなくて、前に見えるライダーを目印に漕いでく。



スタートから間もないコンビニで、早くも補給する人もいて、思い思いで面白い。信号待ちで、まえのライダーとちぎれ、見えなくなると不安になる。この道でよかたんだっけな。



遠くにかすかにみえる、黄色い反射ベストをみて、安心する。



いよいよ長旅の始まりだ。

のんびり行こう。

一度海に出れば、知ってる道だ。



後ろからジーンズのライダーに抜かれる。

すごいな、600kmをジーパンで走りきるのか。

あっという間に見えなくなってしまった。



藤沢を過ぎ、線路が道路に埋め込まれてる。緑色の江ノ電が走るわきをぬける。



信号の先は海。

青空。

自転車日和だ。



信号を左折し、134号を進む。

七里ガ浜のセブンまで折り返しルート。

すでに通過チェックを終えたブルべライダーが反対車線を行くのが見える。



トライアスロン個人競技なので、短い距離のレース以外はドラフティングを禁止されている。ブルべも個人のちからで進むのだけれど、同じタイミングになったブルべライダーと一緒に走っても問題ない。超長距離だから、誰かと漕いだほうが楽だろうな。


はじめてのレシート

通過チェック

七里ガ浜セブンイレブンにつく。



時刻は、午前7時。

1時間56分経過。



思いのほか時間がかかった。

市街地は、信号待ちでストップアンドゴーなので、時間がかかるのだ。

バイクを植え込みに寝かせるように置く。何を補給するかノープランだ。



暑くなりそうなので、塩分補給のために、種無し梅干し。エネルギーとして、ミニアンパン4個入りを買い、ひとつかじって残りは反射ベストの左ポケットに入れる。



ポケット便利だ。



はじめてのブルべではじめてのレシートをもらう。

なんだかうれしい。



大切に、ブルべカードに挟み込む。

これが、ここを指定時間内にに通過した証になるのだ。


  • -

バイクに戻ると、サドルバッグに鳥の糞がついていた。ハトか、それとも、トンビか?糞はまだみずみずしい感じ。この先数十時間も風にあたれば、糞も乾いて消えるだろう。適当にふいて通過チェックを後にした。



いい天気だ。

〜PC1 ローソン伊豆熊坂

次のPCは144km地点。



ローソン伊豆熊坂。

いつもの134号。



伊東までは知っている道だ。地図の確認も要らない。

左手に江の島が見える。



青空が気持ちいい。

ふと、立ち止まって、波打ち際まで行って、ひんやりした波に触れたくなる。



きょうは先に進む。

どこまで行けるか試すのだ。



TTポジションで、どんどん進む。

小田原で信号待ちで、話しかけられる。



「スライスを走ってるのを初めてみました!、DHバー先端にシフトレバーがあるんですね!」



キャノンデール乗りのM山さん。ブルべについていろいろ教えてもらいありがたい。トライアスロンをやっていることを伝える。



「はじめてなんですけどね、どこまでいけるか試そうと思って」



トライアスロンやってるなら、脚力あるから大丈夫ですよ、600kmいけますよ。」



うれしいけど、いつ脚が終わるか不安だ。


  • -

小田原を過ぎ、海岸線を行く。



じりじりと暑くなってきた。



熱海の手前のアップダウン、後ろからなにやら曲が流れてくる。スピーカーから曲をききながら漕いでいるブルべライダーだ。楽しそうだ。



電源はどうしてるのだろう、漕ぎながら発電してるのかな。



熱海から先の、熱海城のトンネルはキューシートのとおり海岸沿いに迂回する。むこうに初島が見える。タクシーから降りて、記念撮影しているカップル。自分も立ち止まり、初島をながめる。いい天気だ。いい天気すぎるくらい。



トンネルをいくつか抜ける。海で泳げるくらいの気温。

伊東にいくなら、ハ、ト、ヤ、

なんて言葉があたまをぐるぐるする。



伊東に到着。



大学1年の夏休み、伊東の温泉宿で泊まり込のバイトをした。その宿の前で記念撮影。夏休みの一か月、炊事場で朝から働いて、昼からは海で寝転んで、夕方からまた仕事してた。もう、25年以上前のことだ。懐かしい。



感傷にひたるのもそこそこに、ペダルを踏みなおす。


  • -

伊東から伊豆半島の根本を、横切るのだ。

ここからは、未知の道だ。



海と別れ、山にむかう。

市街地を離れ、自動販売機さえもなくなってくる。



まずいな、水が切れてきた。

PCまで持つか?

どうする?



信号の門にコンビニが見えた。

迷ったが、安全をみて立ち寄る。



ポカリ1リットルを手に入れ、ボトルに補充し、のどを潤す。

同じように、コンビニに立ち寄ったブルべライダーに、暑いですね、と声をかける。



消耗していく自分。

どこまでいけるのだろうか。


  • -

コンビニを出てから、サングラスの右が曇っているのに気づく。額から流れた汗が、レンズを濡らし、乾いてしまったのだ。



山間の上り坂でスタッフが写真を撮影してくれた。ありがたい。きついところに待っていてくれるだけで、うれしい。クルマで先回りするだけでも、大変だろうな。。。



T字路を右折すると、下りになった。



反射ベストのメッシュの隙間から、涼しい風が通り抜ける。気持ちいい。そろそろPCか。ポケットにのこっていたアンパンを口に放り込む。

  • -

修善寺駅近くで狩野川を渡る。右折したらPC

まで残り2kmだ。

到着した。


PC1 144km地点。

時刻 6月2日土曜日、12時。

経過時間:7時間13分



あと、450kmある。



果てしないぞ。

疲れてるけど、ここまで、膝が痛いとか、おなかが痛いとか、局所的な痛みはない。



レシートをもらいブルべカードに挟み込む。

つぎのPCは約40km先か。



七里ガ浜の通過チェックから、ここまでの100kmに比べたら短い。がんばろう。


  • -

PC1を出たのはいいが、道がよくわからない。



女性ライダーは、橋を渡る方向に走っていく、

男性ライダーは、狩野川沿いのサイクリングロードを行く。



どちらなのだろう。

立ち止まって、地図を確認する。



男性ライダーが正しそうだ。

視界に消えるまえに、後を追う。


  • -

海だ。

左手に海が見えた。



伊豆半島を横切り、反対側に出たのだ。

我ながらすごい。



江浦湾沿いに漕いだ後、沼津市役所を左折する。


  • -

千本松原

大学を卒業して就職したのは印刷会社だった。



一週間弱の新入社員研修のあと、印刷工場がある沼津にやってきた。工場で一か月の研修をうけたのだ。当時、仲間とすごした社宅は、今は賃貸のアパートになっていた。工場は今でも稼働していた。なにもかもが懐かしい。まるで、思い出の旅みたいだ。みんな元気だろうか?


  • -

千本松原をみながらそんなことを思い出した。



じりじり照り付ける日差し。暑い。松がつくってくれた日陰がありがたい。ハンドルのポジションをいろいろ変えてみる。うしろからブルべライダーに抜かれる。元気だな。



千本松原は全然おわらなくて、これはきっと、千本ではなくて、万本なのだと思う。



抜いていったライダーは、はるか向こうで小さな黄色い点になってる。

どこまで行けばいいのだろう。



終わらない。

水も尽きてきた。



さっき、つぎまで40kmだからと思って、ボトルを満タンにしてこなかった自分を呪う。


  • -

富士川の鉄橋をわたって右折する。





PC2到着

地点:188.7km

時刻:14時半すぎ

経過:9時間39分



まだアイアンマンのバイクパートくらいか。



このあと42kmを走るか、、、

400kmを漕ぐか、、、

どちらもきついな。


  • -

つぎのPCまで70km以上ある。



遠いな。

ルートを確認する。

しばらく県道10号をひた走れば大丈夫そうだ。

頻繁に地図を確認しなくていいルートは助かる。

身延

PC3に向けて漕ぐ。

じぶんにとって未知の距離に突入だ。



県道10号は、富士川の左岸を通る。

交通量は減り、なんだかのんびりした気分になる。



山あいの、木々の隙間から、富士川が見えかくれする。

アップダウンが続く道。上り坂が見えるたびにぞっとして、川が見えるとなんだかほっとする。



ブルべライダーはちりじりになり、

前方にかすかに一人見えるだけ。


  • -

スタートから12時間経過した。

国道300号のT字路を左折する。



富士川を渡る。

雄大富士川



きれいだ。



橋の上で立ち止まり、写真を撮る。

陽が落ちてきて、ほてった体を、ここちよい風がさましてくれる。


  • -

橋をわたり右折し国道52号線を走る。

交通量が増し、怖い。

特に、トンネルは車道も細くなり、クルマが近くをすり抜けるように抜いていく。



ゆるやかに続く右カーブ。

道は果てしなく続いている。

どこまでいけばいいのだろう。



ビュンビュンはしるクルマの、さらに右には、富士川があるはずだけど、そんな余裕はない。


  • -

富士川から離れ、いつのまにか頭の上に高架があらわれた。中部横断道路だ。



信号で停車。前にブルべライダーはいない。

うしろを振り向いても誰もいない。

ほんとにこのルートであってるのだっけ?

iPhoneを取り出し、マップを確認する。



あってる。



しばらくこの高架にしたがって漕げばいい。

間違いようがない。


  • -

午後6時半。

陽が長い。

まだ十分明るい。



しばらく平らな道だ。スピードはでないけど、体をやすめようと、DHバーにもたれかかりながら漕ぐ。



土曜日の夕方。買い物帰りなのかな。信号待ちでクルマが止まってる。なんだかよくわからないけれど、都会のせわしない感じがなくて、どこかしら、のんびりした感じがした。信号待ちのクルマの左がわを、のろのろと、先頭まで行く。青になる。左折のクルマはゆったりと自分をまってくれている。ありがたい。


  • -

しばらく一人旅だったが、前に2人のブルべライダーが見えた。仲間をみつけた感じがしてうれしい。



信号待ちで追いつく。信号が青になると、2人のライダーは左折。



あれ、ここで曲がるのだっけ?



念のため、マップを確認する。

合ってる。ここを左折して、突き当りを右に曲がれば、次のPCだ。



ついてるな。



ぼーっと一人旅していたら、高架が続く限りずっとまっすぐ漕いでいただろう。よかった。



左折すると、ゆるやかな登り。

しばらく平たん路だったので、微妙な坂でもきつい。

前を行く2人は決して速いわけじゃないけど、追い越すほど元気もない。



上り坂をとろとろと登る。

空はオレンジからゆっくりと青く暗くなりそう。



ようやくPC3に到着。



262.6km セブンイレブン 韮崎旭町店。

こんなに漕いだのに、、まだ半分も行ってないのか。


  • -

PC3

天気がよいからか、今日はみんな速いね。



スタッフの方が言っている。



毎度、PCに先回りしていてホントありがたい。もしトライアスロンのレースだったら、コース上の要所要所にスタッフがいる。ボランティアや大会スタッフが配置される。



ブルべは、大会ではない、レースでもない。一定の基準で、自転車を操れる人を認定するしくみなのだ。その基準は、体力だけでなく、交通ルールしかり、自転車乗りとして、紳士であることを求められる。



ブルべのスタッフからは、本当に、自転車を楽しんでもらいたいという感じが伝わってくる。


  • -

次のPCまで70kmほどだ。しっかりペペロンチーノを平らげて、エネルギーを補給するつもりが胃袋がおかしくなってきたのか、全部はたべられない。もったいない。ベストのポケットにはあんぱんをつめる。



これから夜間走行になる。ハンドルの肘パッドの真下に、左右2灯つけたvolt800。右側のライトをつける。



ヘルメットとバイクのテールライトを点灯する。



PCに入るときは、昼と夜の境目だったのに、出るときは、夜の始まりになってた。



疲れてるけど、楽しいな、ブルべ。


諏訪湖

次のPCは328.5km。

諏訪湖の向こう側まで漕ぐ。



韮崎のセブンイレブンを出て、しばらくは県道12号を北上し、国道20号にあたったらそのまま諏訪湖までいく。



コンビニを出た時は、まだうっすら明るかったが、あっという間に暗闇につつまれる。



遠く、道のはるか先に、点滅する赤いテールランプが見える。ほかのブルべライダーだ。町田で70名ほどいたライダーはみな、コース上のちらばっている。先頭はどこまでいっているのだろう。長い長くひいた600kmの線の上の、どこかにいるのだ。


  • -

20号線を漕ぐ。



家族でスキーに出かけたことを思い出す。



富士見パノラマスキー場から20号を進み、道の駅でチェーンをはずしたっけ。たしか、とんかつを食べたんだ。なつかしい。頭の中の思い出が、道を進むたびに思い出される。



夜の国道20号はの交通量は少ない。中央自動車道が並走しているためか、国道を選ぶドライバーも少ないのだろう。たまに数台のクルマがつらなって追い抜いていく、対向車線もガラガラで、バイクとの距離も十分保ってくれて助かる。県道52号のトンネルで、接触しないかとヒヤヒヤしてたのとは大違いだ。



しばらく登りづづけてる。

どこまで登るのだっけ。

全然終わらない。

真っ暗闇だ。



左右には田んぼがひろがってるのだろう。カエルの鳴き声が響き渡る。左右から、カエルの声援?をうけながらひたすら漕ぐ。



ホントに終わらない。

どこまでも、終わらない。

暗闇で、先はよく見えないけど、そんな真っ暗闇の知らない世界にいる。



なんだか、ふと、仕事のことを思い出す。なんだかよくわからないけど、この先は自分の知らない暗闇の中だけど、その中に飛び込んで、試せばいいんじゃないかな。とか、暗闇でよく見えないけれど、少しづつ進んでいけばいいんじゃないかな、とか、、、そんなことを思う。



すべてを知っている人はいない。知らない世界に入ってみて、見て触って聞いてわかったことをベースに、自分で考えて進めばいいんじゃないかな、それでいいんじゃないかな。



なんて考えながら漕いだ。

それでも登りは終わらない。


  • -

次のコンビニがあったらトイレに寄ろう。そう考えていいるところに、道の駅の看板をみつける。



白州道の駅。



以前クルマで来たことってあったっけ?多分ないな。

登りやすくするには、体を軽くすることだ。道の駅に立ち寄る。



道の駅の建物は灯りはついていない。

トイレの建物のわきにバイクを停める。



駐車スペースにはキャンピングカーやワンボックスカーが数台並んでいる。一晩ここで休憩するのだろう。



トイレに入り、反射ベストを脱ぎ、ジャージを脱ぎ、腰を下ろす。思った以上に疲れているようだ。足元がよろよろしている。



トイレに入っている少しの時間、停めているバイクが気になった。誰もいないトイレで、なにも起きないとは思うが、大切な相棒を、トイレの中につれてきてもいいな。



軽くなった体で再び漕ぎだす。前も後ろもライダーは見えない。暗闇の中に一人きりだ。



ヘアピンカーブを過ぎ、さらに登る。前方に点滅する赤いランプが見える。あそこに仲間が漕いでいる。ランプは次第に近づく。休憩中だろうか、なにかトラブルか、、、。



光は道路わきの草むらから発信している。ドキドキしながら近づくと、ただの、注意を促すための点滅灯だった。



はぁ、



、、、、、この登りは、どこまで続くのだろうか。



もう疲れてる、ずっと前から疲れてる。


  • -

下りか。

下りだ。

下りになったっようだ。



ペダルに力を加えなくても前に進む。

漕ぐのをやめ惰性でバイクを転がす。



反対車線に小さなライトの光がみえる。

ブルべライダーとすれ違う。



すごいな、、、もう諏訪湖をまわって帰ってきたのか。一瞬目が合って、手をあげて、頑張れって言ってくれた気がする。



暗闇の先はトンネルだ。

真っ暗だった世界から、ぼんやりとオレンジ色の光の空間に入っていく。



疲れているけど、どこか気持ちいい。

トンネルを抜ける。



目の前に、茅野の街灯りが広がる。

ようやく街に出たんだ。



行けるところまでと、自分を試しながら漕いできた。

ずいぶん遠くまできたな。



うれしくて、なんだか涙が出てきた。


コンビニわきの人影

トンネルからさらに下り、自分とバイクは街のなかに吸い込まれていく。諏訪湖はもうすぐだ。



国道20号から、左にそれ、県道16号を進む。



これから諏訪湖を、反時計回りで進み、半周過ぎた場所のセブンイレブンが次のPCだ。



もう少し、もう少し。


  • -

反対車線のコンビニの角、街灯の下に人影がみえる。

バイクを傍らに、こちら側を見ている。

ブルべライダーか?



誰か仲間を待っているのかな?

もう夜も11時近い、

ぼーっと考えながら通りすぎる。


  • -

突然、後ろから話しかけられた。



「よく来たな!!!」



はじめは意味がわからなかった。

バイクがすっと、横につく。



誰だ?



お、おおお!!!



K田だ。



facebookの投稿みてたら、大体このくらいの時間かなと思って、待ってたさ。」



K田は、大学時代からの友人で、茅野在住、専門はヒルクライム

彼のおかげで、諏訪湖のブルべを知ったし、

彼のせいで、諏訪湖のブルべを申し込んでしまったのだ。


韮崎PCに到着したときに投稿した時刻から計算して待っててくれたのだ。いつ来るかもわからないのに、よく待っててくれたな。ほんと、ありがたい。



「ここまで、来れるとおもわなかったわ。さすがに疲れた。」



「いやー、すごいよ、ほんとよく来たな。ちなみに湖畔沿いのこの道は、自分の通勤路だよ。」と、彼は笑う。



「あとは、下り基調、いけるんじゃね。」



PCのコンビニまでの数キロを並走する。

K田、いいやつだな。


PC4 328.5km地点

PC4 セブンイレブン諏訪湖岸通り店 328.5km



湖畔沿いのPCに到着。湖面に街の灯りが、ゆらゆらとり映り込んできれいだ。

ここでもスタッフが、にこやかに出迎えてくれる。

ありがたい。



暑くもなく寒くもなく、ちょうどいい気温。

コーヒーを飲み、おにぎりを3つ調達。少し休む。

ここまでこれた、半分は来た。



もちろん、自分史上最長のバイク距離だ。

本当に、600km完走できるのだろうか、、、

なんだか、出来そうな気がしてきた。

スタッフに別れをつげPCを後にする。



真上に明るく光る月明りの中、川沿いを進む。疲れ切ってるけれど、漕げば前に進む。夜のライドは楽しい、こんな時間が、もっと続けばいいのに。


  • -

さきほどのPCで予約した宿に到着、シャワーを浴び、部屋にごろんと寝転んだ。



次のPCは、390km。ここから65km先か。ブルべカードで確認しながら、iPhoneでルートをチェックする。おにぎりをほおばりながら考える。2時間くらいは寝れるか。



目を閉じて、2,3度寝返りを売ったところで目覚ましが鳴った。



2時間経過。



さあ、出発だ。


深夜と早朝のはざま

たった2時間の睡眠だけど、すっきりした。



さっき脱いだばかりのバイクジャージに再び袖を通す。

半袖短パンに、反射ベストを着て外に出る。さほど寒くない。



モバイルバッテリーを接続すると、ガーミン520Jはバックライトが光り、暗い中でもよく見える。経過時間は21時間を過ぎ、時は、自分の意思とは無関係に刻一刻と進んでいく。



静まり返った街に繰り出す。

深夜と早朝のはざま。

そんな中途半端な時間帯が好きだ。



もともと、時刻は、人間が暮らしやすいように、決めたしくみだ。すべては、流れていき、止まることはない。



だから、この、今の瞬間は中途半端でもなんでもないのだ。時は、「今」か、それ以外か、の違いしかない。



国道20号を走る。反対車線のカラオケショップの前にパトカーが停車してる。よっぱらいだろうか、


その先のコンビニに補給しようと立ち寄る。



以前、利用したことがあるコンビニだ。たしかクルマで来たことがある。何かの帰りだった気がする。思い出せないが。


  • -

コンビニ前で、パンク修理しているブルべライダーがいる。

同じタイミングで2日目を動き出しているのがわかりほっとする。



「寝れましたか?」



声をかけられた。M山さんだ。昨日小田原から何度もコース中で合って、いろいろ教えてもらって助かる。



「私の経験からすると、これからどんなに強靭なライダーでも眠くなります。100%の力で漕ぐと、余計に睡魔が襲ってきますから、80%くらいに抑えて、コントロールしていくとよいですよ」



なるほど。



これから睡魔との闘いなんだな。

そもそも、はじめてのブルベ。

はじめての600kmなのだ。



体にどんな変化が起きるのか。

なにもかも実験なのだ。


  • -

これから、昨晩さんざん登ってきた峠を降りることになる。試走レポートを思い出す。寒さ対策は万全にせよと書いてあったっけ。



コンビニからの出発前。ウィンドブレーカーを羽織ることにした。さらっと羽織って、体温が必要以上に奪われないようにしよう。サドルバックを開けた。



が、



あれ、、



どこだっ、、、っけ



ウィンドブレーカーがない。



おかしいいな、家を出る時に、小さく折りたたんで、確かに入れた記憶がある。



もしや、、、



PC2だったっけ、チェーンに油を指そうとサドルバッグを開けた、そのときに気づかずに落としてしまったのかも。



しかたがない、なにも羽織らずに行こう。

天気は、昨日と同様良く晴れそうだ。


  • -

コンビニで支払いをする時、店員さんに声をかけられた。



「そういう黄色いベスト着たお客さんが何人か来たたのですけど、自転車イベントですか?」



600kmの折り返しであること、一晩仮眠して、再出発するライダーが多いことを話した。



「そうなんですね、じゃこれからも何人か同じ自転車イベントの方がくるかもしれないですね」



自分は小さくうなずいた。



内心、ぼくは、ほぼ最後尾で、PCになっていないコンビニなので、そんなに来ないかもしれないけど、ごめんね店員さん。

トンネル

諏訪湖を離れ、トンネルに向かう。



クルマはまばらだ。

ゆるやかな登り坂。

車道からトンネルわきの歩道に道を変えをゆっくり漕ぐ。



前方に2名、車道にも2名。ブルベライダー漕いでいる。この時間帯に、同じタイミングで漕ぎ出しているということは、自分の計算は悪くないということだな。



ながくゆるやかな登りが続き、ちょうどよく体があたたまった。



思いの外、アスファルトがデコボコと荒れている。昨晩は、こんな荒れている道を、真っ暗な中かけ降りていったんだな。パンクとか、マシントラブルがなくてよかった。


  • -

トンネルから先の登りが終わると、長い長い下りがはじまる。さきほどあたたまった体に、ひんやりとした朝の空気があたり、気持ちいい。



6月3日、日曜日。梅雨の真っ只中のはずなのに、1mmの雨も降らない、絶好の自転車日和だ。



半袖ジャージに、バイクパンツ、反射ベストを着て漕いでる。寒くない。



ペダルを止めたまま、下り坂はどんどん進んでいく。下りながら、ロードバイクが左に停まっているのが見えた、M山さんだった。

これから長い下りに備えて、保温のためのしたくしている様子だった。



まだまだずーっと下りが続く。

漕がなくて進んで、うれしいのだけれど、

いったいどこまでいくのだっけ?このままコース間違えて、DNFになったりするのはいやだ。



念のため確認しよう。側道に停車し、iPhoneで現在地とルートを確認する。大丈夫だ、ミスコースしていない。そもそも、こんなまっすぐな20号を間違える人がいるのだろうか、、、。



ルート確認している最中、ブルベライダーが追い抜いていった。M山さんだ。



再びバイクに乗り、薄明るくなった道を行く。昨晩苦しんだ峠も、反対向きはなんともあっけなく通りぬけていく。



ぼんやりと、色のない世界から、光があたり、少しづつ生き返って行く感じがする。



朝だ。


  • -

20号から左に入る。



スキー帰りに、クルマで通ったことのある道。けっこう斜度がきつい。この道でスリップしたのを思い出す。ノーマルタイヤで出かけた帰り道で、夜にかけてちょうど、道がうっすらと凍結しはじめたのもあって、この上り坂が登れなくなりそうで、アクセル踏んでるのに、時速10kmで全然進んでなくて、突然グリップが効いたらどうしよう、逆に、スリッップしまくってる時に、対向車がきたらどうしよう、どうしよう、どうしよう。



なんて思った時のことを、3秒くらいで思い出した。



登りきった頃、太陽は十分に道を照らしてた。県道17号の入り口で、ライトを消した。

通称、七里岩ライン。

眼下には、すーっとまっすぐに伸びる道。

道は、なめらかに、段をつくりながら、ずっとはるか向こうまで続いている。



あ き ら か に きもちよさそう。



そうか、主催者は、こうしてこのタイミングでこの道を走ってもらいたい。そんな風にコースを設計しているんだな。早朝で、交通量も少なくて、交差点もわずかな、こんな道を選んで、2日目の朝を、すがすがしく進んでおいでと、そんな風に言っている気がした。



それとも、この時は気がつかなかったけれど、終盤に残るキツイ登りの前の、最後のお楽しみだよと、いっているのかもしれなかった。



いずれにせよ、素敵なコース、素敵な道であることは確かだ。



カシッ



とペダルをはめ込んで、漕ぎ出す。


  • -

視界を切り裂くように、後方に飛んで行く景色。

左から当たる朝日を背にして、山がくっきりと浮かび上がる。



八ヶ岳だ。



ちらちらと、左をみながら走っていたけど、停車して、あらためて見入る。



楽しい、ブルベ。


  • -

下っても、下っても、やっぱり、まだ下りだ。



途中の信号待ちで、いっしょになったブルベライダーにも、思わず、気持ちいいっすね。と嬉しくて声をかけたりする。



けっこう下ったはずなのに、まだ下っている。風を遮るものは、反射ベストだけという、ドラクエでいうと、くさりかたびらを買えずに、布の服でがんばってしまっている感じくらいで、流石に寒くなってきた。



ちょっと、顎が、ガタガタしてきた。



だれもいない道なのをいいことに、



「さみぃぃぃぃーーーーーー!!!!」



と叫びながらダウンヒルしてみたけれど、それくらいでは温まるはずもなく。きもちいい道なのはよくわかったから、はやく、はやくこの下りを終えてほしい。



と、ただそれだけを願って下りる。



寒い。



あまりにも次のPCがこないので、もしかしてミスコースしたか?あの坂のぼるのでは?と地図を確認するも、あってる。



立ち止まっていると、しっかり防寒装備をしたブルベライダーが下って行く。



晴れているからよかったけど、試走レポートどおりの寒さだったら、、、と想像して、余計寒気がした。


  • -

下りきり、左側にファミリーマートが見える。

よかった、助かった。



PC5 390km地点だ。

早速、豚汁を買って、体を内側からあたためる。



25km 標高差500mのダウンヒルは終わった。

のこり200kmだ。



不思議と、スタート前は、遠く感じた200kmが、あと少しの距離だと勘違いしてしまう。


平らな道

次のPCは460km地点、 サークルK芝川町役場前店 、ここから70km先だ。



豚汁で温まった体でコンビニを出発する。iPhoneで地図を確認した、ここから、3つ先の曲がり角だけ頭にいれておく。



出発してすぐ赤信号で停まっていた、しばらくたっても青にならず、確認したら押しボタン式の信号だった。



自分が先頭だったので、数名のライダーを、いらない信号待ちで待たせてしまった。



なんだか、申し訳なくて、青になった途端に、ふだんより速めのペースで漕ぎ出す。速めのペースはきもちよくて、平坦区間がしばらく続くのが見えて、DHポジションでバイクを進める。



きもちいいな。



目の前には、富士山が現れて、ますますテンションがあがる。もしかして完走できるのでは、と、楽観的な自分がいる。



富士川と、笛吹川をまたぐ橋の真ん中でバイクを降り、写真を撮る。


  • -

のどかな田園風景の中を漕いでいると、左の遠い先から電車がはしってくるのが見える。見延線だ。



2両編成の電車が、山を背にして、どこまでも見渡せる畑の中を走ってくる。まるで、Nゲージのミニチュアを見ている気分だ。



前をいくライダーは、一旦停車して、線路のほうに向かった、電車を撮りに寄り道していくらしい。ブルベは、ただ一直線にゴールにむかうのでなく、人それぞれ、やりたいことを絡めながら、進めるところがいい。


味覚異常

ポケットに入れていた、梅干しを食べる。コンビニで塩が多めのパッケージを買って、適当なタイミングで食べてた。種がないので、舌のにぺとりと置いて、塩気を味わいながら食べる。汗といっしょに、体から塩分が抜けて行くのを、少しづつ補給してきた。



昨日から今日にかけて、何個も食べてきた梅干し。

舌にのせると、ビリビリと痺れるような味。



あれ、、、



舌が、、



痛い。



塩分を摂りすぎたのか、舌の味覚を感じる細胞、味蕾が壊れてしまった気がする。



やばいな。



長い距離を走って来て、脚はだるさはあるものの、部分的な痛みはない。それ以外の、体の部分。今回は舌が壊れている。



思いがけないところが、壊れるんだな。

ある意味、自分自身を使った、人体実験みたいだ。


  • -

暑くなってきた。

6月3日、日曜日。梅雨の真っ只中のはずなのに、よく晴れる。暑い。



水分がなくなって、力もなくなってくる。

少し、日陰で休もう。



キョロキョロと自販機を探しながら漕ぐと、コインランドリーが見えた。

コインランドリーの入り口のベンチに腰掛ける。



暑さで半分溶けたチョコレートバーと、リアルゴールドの炭酸飲料を流し込む。ぱちぱちと舌上で、炭酸が弾けるのが痛い。


      • -

炭酸を飲み終え、飲みきれなかった分は、ボトルにつめこむ。ボトルから飲む時、すっかり炭酸は抜けて、ただの甘い液体になっている。それでいい。



富士川を右手に、ちらちらと見ながら漕ぐ。このあたりは、往路でのルートを逆方向から進む感じになる。



行きで通ったときにくらべて、心に余裕がある。一度でも、走ったことがあるというのは、ひとつひとつのカーブを覚えているわけではないけど、その全体のコースの雰囲気を、頭のなかに貯めておけるんだろうな。おそらく、(いや、間違えなく、)右脳を使っているのだ。



前後にブルベライダーは見当たらず、単独行が続く。細かいシフト操作ができなくなっていて、上り坂、と下り坂で、フロントギヤを、ギッタンバッコン、シーソーのように切り替えるだけ。



多数のギヤが選択できるはずなのに、使っているのは、フロントの2択のみ。電動化したら、もっと自由なのだろうか、とふと思う。けど、長時間のライドで、電池切れや、電気的なトラブルで、シフト不能になるリスクもある。どうなのだろう。



疲れてる、かなり。

マイペースで行こう。



次のPCから先は登りだ。

山中湖へはクルマでよく出かける。富士五湖の中で一番標高が高いことだけ覚えていて、たしか900mだった。



ガーミンの標高表示はじりじりと下がり、100m台だ。これから登るのだから、いい加減下りなくていい、、、



そんなことを考えていたら、ようやく、PC6に到着。460km地点。

陽はすでに高く、じりじりとした暑さが、体力を削っている。

PC6 460km地点

PC6を出発する。ボトルに水を補給し、おにぎりでエネルギーを摂った。



コンビニの裏手の道を行き、線路を渡ると、いきなり斜度10%の表示が現れる。



やれやれ、いきなりか、、、



これから何キロも続く登り坂を想像して、笑ってしまう。なんなのだこのコースは。


  • -

時速10kmにも満たないスピードで、くるくると登っていく。刺すような日差しが暑い。今朝は震えが止まらないくらいの寒さだったのに、今度は暑さだ。



2本のボトルには、スポーツドリンクと、コーヒーを入れてある。かぶり水を用意しておけばよかったと後悔した。体に残る熱は、パフォーマンスを落とすのだ。



自販機を見つけて、停車。水を買う。



頭、腕のアームカバー、背中に冷たい水をたらし、一口飲んで再出発する。濡れたウェアを吹き抜けた空気が、体を冷やしてくれるのがわかる。


  • -

自販機休憩のあと、M山さんにおいついた。



のどかな景色を眺めながら、おしゃべりしながら登っていく。後輩に誘われて、フルマラソンを走ることになったことを話していた。面白い。長い時間体を動かし続けるのは、ブルべもマラソンも同じだけど、トントンと、骨に刺激をするのがランニングで、自転車は、筋肉だけを使い続ける点がちがうんですよ、みたいなことを話す。



話していると、上り坂も気にならなくなってくる。



気持ちよく登っている。田舎の道で、曲がり角もない。道なりでどんどん登れば、朝霧高原までつくはずだ。



そう思ってた。



ふと、地図を確認する。



ズレてる。



ルートとは違うポイントに居ることに気づいた。



「まちがえちゃいましたね」



笑いながら、今きたコースを戻る。



汗ばんだジャージーに風が吹き抜けて涼しくなる。


  • -

正しいコースに戻り、再び登り始める。

M山さんは、先に行き、単独走になる。



森の中に続く道、クルマもまったく通らない。静かな時間が過ぎる。

ガーミンの高度表示ばかり気になる。



さきほどから50mも上がった。けど、まだ標高500mだ。

少しづつ、少しづつ、登りを重ねていく。



けど、終わらない、登りが終わらない。

脚が攣りそうだ。



梅干しを食べても、舌がしびれるだけ。

攣り防止に効くという漢方も使い果たしてしまった。



攣ったら終わってしまう。

ピキッっとならないように、だましだまし行く。



標高と同時に、時計も見る。

つぎのPCの締め切り時間が気になる。



PC5を出た直後は、完走まで楽観的だったのに、時速15km以下で進む時間が増え、どんどん貯金が削られていく。まずい。本当にまずい。


  • -

田んぼに水を張るための用水路に勢いよく水が流れている。立ち止まって、ざぶんと浴びたい。リフレッシュしたら、もっと早く進めるんじゃないか。



あのカーブの先まで行こう。あとはその時考えよう。

とにかく登るしかない。



木陰で、休憩するブルべライダーをみかける。

お互い、疲れましたねと、目で伝えあう。


  • -

森の向こう側から、クルマの音が聞こえた気がする。

国道139号に出れば、平たんなはずだ。



先月、クルマで走った。

朝霧高原の道の駅を思い出しながら漕いだ。



音は聞こえるが、道が現れない、登りは続く。

ようやく139号と合流した。


  • -

合流後、交通量が増す。

道の両わきは、草原になり、日陰がなくなる。



青空の向こう側に、カラフルなパラグライダーがいっせいに降りてくるところだ。気持ちよさそうだな。



想像では、139号に出たら平たんになって、スピードも回復すると思ってた。登る力がなくなってるのもあって、たいして斜度がなくても、時速10キロほどしか出ない。



まずい。



貯金を使ってしまっている。

気持ちばかり焦る。



ソフトクリームを食べたら、回復するだろうか。

いまはとてもそんな余裕がない。



食べてる少しの時間でも、前に進まないと、次のPCに間に合わなくなるかもしれない。



下りはまだか、、、、



反対車線を、いろんなサイクリストが通りすぎていく。すれ違う時、目線をあわせ、あいさつをかわす。



反射ベストを着た特殊な自転車乗りの自分に、がんばってください、と声をかけてもらってる気がした。



下りはまだか、、、


  • -

完走できなくてもいい、行けるところまでいくんだ。

そう考えながら、朝霧高原から本栖湖まで漕ぐと、ようやく下り坂になった。



長かった。



ペダルを置き、惰性にまかせる。

次第に、スピードが増す。

次のPCには間に合うか。



左からは、木の枝が張り出し、よけるように車道側にラインをとると、右はビュンビュン飛ばすクルマが追い越していく、怖い。ここまで来たのだ、事故でリタイヤなんでなりたくない。



西湖の北側の道がルートになっている。139からそれる。

交通量も減り、緑に囲まれた下り坂だ。きもちよい。



やくに立たなくなった脚を少しでも休める。

5年前に出場した富士五湖100kmマラソンを思い出す。



あの時も、本栖湖から西湖に抜ける、この道を走ったのだ。右手に駐車場が見えた時、エイドステーションで座り込んでうどんをすする自分の姿がうかびあがった。



こうして、同じ道を、違う大会で走るのは面白い。


  • -

西湖の湖畔沿いを走る。

本当にいい天気だ。



青空のむこうにくっきりと富士山が見える。

わざわざ、コースを、湖の北側にしているのは、湖と富士山を見せたいからだ。



雄大な富士山を見ながら、走ってもらいたい。

そんな風に感じながら、漕いだ。


  • -

西湖から急坂を降り、河口湖へ出る。



ふだんは気にならないくらいの、路面からくる振動がきつい。TTバイクは、通常のバイクより、より前のめりなポジションになっている。ひじ掛けに、腕をのせていない時間が大半で、ずっと、手と腕を、ハンドルに対して突っ張り棒のように使っている。この手と腕がそろそろ限界だ。脚はもう力が出ず、軽いギヤをくるくると回すだけ。



大陸から来た観光客が、借りた自転車で気持ちよさそうに走っている。一見、バリバリと走りそうな格好をしている自分をみて、不思議そうな顔をしている。



サドルのセンターに、おしりを下ろすとなんだかひりひりと痛む。右や左におしりの置き場をずらしながら進む。


  • -

トンネルをぬけたら、PCのはずだ。



あと少し。



交通量が多いので、歩道を行くように、昨日のブリーフィングで指示があった。下り基調だけどビュンビュン行きかうクルマのわきを行く勇気はない。



歩道をのんびり漕ぐ。

さっきまで、照り付けてた太陽から逃れて、涼しくてうれしい。


PC7

ようやく、PC7、 519.5km セブンイレブン富士良田旭3丁目店に到着した。



登っている途中は、時間内にPCに到達できるのか、不安でしかたがなかった、ようやく着いた。


店内のイートインに座り、火照った体を少しでもさまそうと、ガリガリ君をかじる。疲れ切っている。この先、80kmも漕げる気がしない。



隣のブルべライダーは、カップラーメンに、チキン、に餃子をばりばり食べている。


「さっきの登りで、腹減っちゃってさ。」



胃袋が強いって、すごいな。

とても、そんな勢いで食べれる気がしない。



どうやら、このPCは別のブルべのPCになっているらしく、これから山伏峠までは同じルートらしい。回復したのかどうか怪しいが、とにかく最後のPCを出発する。


あとは、ゴールまで80km。



なんでだろ、こんなに遠くに感じるのは。

新鮮なカラダだったら、なんでもない距離なのにな。


山中湖へ

渋滞しているクルマの列のわきを、くるくる低速で進む。

そう、山中湖までは再び登りなのだ。



交差点を曲がると、すっと続く登坂の正面に、富士山が見えた。



きっつ、、、



と言いながら、登っていく。



138号で山中湖に向かう。何人ものサイクリストに抜かれる。歩道は、ランナーが走っているが、漕いでいる自分と同じくらいのスピードだ。



河口湖から山中湖までの道、景色は下りに見えるのに、実は登っている。脚を停めて進むようにみえるのに、漕がないと前に進まない。


  • -

山中湖についた。

なんども見た景色。

湖畔のサイクリングロードを行く。



湖の上で、ジェットスキーをやっているきもちよさそうだ。

駐車場では、富士山を背景に、皆が写真を撮っている。


  • -

山伏峠の手前のセブンで補給する。

炭酸飲料や、スポーツドリンクは、もうなんだか体が欲してなくて、ただの水を買う。

そういえば、この水、500mlも1.5Lも同じ値段なのだ、、、なんなのだ。

1.5Lを買って、ボトルにつめ、胃に流し込み、再出発する。



トンネルと抜けたら、下りだ。

遅くてもなんでもいい、あと少しなんだ。

観光帰りのクルマに抜かれながら、山伏峠のトンネルにつく。



ようやくここまできた。

ライトを再点灯して、下りはじめる。

安全第一

35時間49分

制限時間の40時間まで、残り4時間10分。



元気な体なら、なんでもない距離だけど、搾りかすの状態大丈夫なのか、、、。



山伏峠を下り始める。

さっきまでのノロノロで、静止した景色が、一気に動き出す感じ。速い。



スピードが出すぎないように、両輪ブレーキをしながらコントロールする。後ろにクルマが連なったような気がしたので、いったん側道で停車してやりすごす。



びゅん、と20台くらいのクルマが通り過ぎる。みんなそんなにスピード出して、こわくないのかな。


  • -

下りながら、しっかりとハンドルを握る。

観光帰りで、週末ドライバーが多いはずだ。



「安全第一、安全第一、、、」



と唱えながら下る。



握力も低下している、細かい作業も無理だ。

万一、パンクしても、タイヤ交換する手が残っていない。

事故だけでなく、自分のパンクもしないように、精一杯、自分のセンサーをとがらせながら、進む。


ここまできたんだ。

完走したい。



信号で、ブルべライダーに追いついた。

「疲れましたね」



とお互い、声をかける。



まる2日かけて、好きなことをやってきた結果、へとへとに疲れてるけど、言葉とはうらはらに、笑顔になってる。



「疲れましたね、笑」



といった感じだ。



もう少し。もう少し。


  • -

陽が落ち始め、涼しくなってくるにつれ、元気が出てきた。道志みちは、無事にクリアした。



413号の、坂を上っていると、通り過ぎるワンボックスから、少年が自分に声援を送ってきた。



「がんばってくださーい!!!」



お父さんが自転車乗りなのか、たんに、へろへろで漕いでいるのをみたからか、理由はわからないけど、声援をもらった。何でもないことなのに、ただ自分勝手に漕いでるだけなのに、ありがとう、と思って、なんだか涙が出てきた。



あと少し、あと少し。


相模原まで戻ってきた。

少し寄り道すれば、自宅に着いてしまう。



残り10km。

見慣れたいつもの道。橋の上から見下ろすと、こだまプールは清掃中だ。



ママチャリほどの速度で、進む。

市街地に入り、交差点が次々と現れ、どこで曲がるのか、iPhoneを何度も取り出しては確認する。



ゴールまで残りわずかだ。



街には週末をどこかで過ごして、かえってきたクルマが流れている。



なんだか、旅がおわってしまうのがもったいない気がして、もっと赤信号にひっかかって、少しでも旅を引き延ばしたい気分になる。



脚はどこにも残っていないけれど。


  • -

交差点を右折する。

ゴールはどこだ。



ビルの谷間に張られた、白いテントからスタッフが手を振る。

まるで、お祭りのあとの打ち上げのようだ。



おわった、、、たどり着いた。

600km走り終えたんだ。


  • -

にこにこするスタッフに迎えられ、写真をとり、チェック用のレシートを提出して、その場でスタッフに確認してもらう。ブルべのカードは一旦預けて、手続き後、後日送付されるそうだ。



「完走おめでとう。へぇ、はじめてのブルべで600kmにエントリーしちゃったんだね。ちょっとおかしいね」



と笑いながらスタッフが言う。



「メダルがいる場合はここにチェックね」



そうそう、このかっこいいメダルがほしかったんだ。



昨日の朝、いけるとこまでと思って漕ぎだした。

昨晩、諏訪湖で、ずいぶん遠くまできたものだと思った。

今朝、もしかして完走できるかもと思った。

昼、脚が終わって、味覚も、手もおかしくなって、無理だとおもった。

夕方、やっぱり完走したいと思った。



そして、ゴールにたどり着いた。


  • -

自転車は面白い。椅子に座り続けて、同じ動作をずっと続けているだけで、どんどん景色が変わり続けるのだ。



適切なエネルギーを摂り続けたら、無限に動作する、筋肉も面白い。



天候にも恵まれ、友人にも助けられ、出場したライダーにアドバイスをもらい、本当に幸運が重なって、完走できた。



そういえば、、、、、



はじめの通過チェック、七里ガ浜のコンビニで、バイクに鳥の糞がついてたっけ、、、あの時から、うんがついてたんだな。


  • -

疲れてボロボロだけど、楽しかった。

いまなら、もっと上手に走れる気がする。



おわり。

SDA王滝100km 完走記

王滝は3度目、コース短縮だったが2018年5月のSDA王滝で100kmを完走できた。
初めては1度しかないので、完走記を記す。

王滝歴

2017年5月 42km完走
2017年9月 100km 台風のため中止
2017年11月 100km 60km地点タイムオーバー雪周回コース
2018年5月 100km 完走

レース前

4時15分起床。
松原スポーツ公園、駐車場に停めた車の中で目覚める。
外はうっすらと明るい。
前回、11月の王滝はスタートになっても真っ暗だったけれど、5月の日の出は早い。


となりに停めたYも起きたようだ。峰々から覗く御嶽山にむけてスマートフォンを向け、写真を撮っている。


4時30分の整列開始にあわせてバイクを運ぶ。ジャージの上に薄手のダウンジェケットを羽織る。昨晩は3度まで下がった。標高900mの王滝村は、5月でも寒い。


今回、会社の同僚の、YとOが同じ100kmに参加する。Yは前回の11月に一緒に参加した。Oは2016年9月の大雨の王滝で完走しているヒルクライマーだ。


3人で、MTBを転がし、スタートに向かう。すでに、コース脇に、整列待ちのMTBが横たわっている。先頭から100mほどのところに整列できそうだ。


4時半、整列開始。ディレーラーを表にして横たえた。あとは、体の準備だけだ。

トイレ

4時40分から朝食。昨晩買ったおにぎりを頬張る。ぼーっと遠くに見える御嶽山を眺めながら頬張る。
5時15分、着替える前にトイレに行く。仮設トイレが沢山あるから余裕と思っていた。軽く50人は並んでいる。やばい。


もよおす前に並び始めておけばよかった。
もよおしてから並んだ自分が悪い。


永遠にこの列が終わらないんじゃないかと思う。
4つもある女子トイレに、駆け込もうと何度も思う。


残り10人を切って、限界かと思い、列を離れようとした時、前に並ぶ選手と目があう。


「女子トイレも使わせてくれたらいいのにね」


と、まったく同じことを考えていたのだ、少し彼と会話して、落ち着いた。まもなく自分の順番が来て、事なきを得た。


SDAは、セルフディスカバリーアドベンチャー


危うく、漏らしてしまうような自分を発見するところだった。


トイレで冒険する必要はない。

スタート

ウェアは、半袖ジャージ、腕カバー、ウィンドブレーカ。
パンツは、ロングタイツに、MTB用短パンを重ね着。
グローブは、指切りに、指ありを2中に重ねた。昨年5月のレース後、パッドが薄めの指ありグローブだけで臨んで、しばらく手のひらの痺れが取れなかった。クッションを厚くすればよいはずだ。


天候は晴れ予想。標高が上がっても、寒さを感じることはないだろう。


トイレ待ちで予想以上に時間使った。結局整列できたのは、スタート5分前だ。余裕をもって準備しているつもりでも、思わぬところで時間を使ってしまうものなのだ。


アナウンスを合図に、御嶽山方面に向かって、2礼2拍手1礼のお参りする。いよいよスタートだ。


プゥオーォォォンというラッパの音。
800人の選手が先頭から順に、放たれてゆく。


きっと、上空から見たら、歯磨きチューブの先から、歯磨き粉が勢いよく飛び出し続ける。そんな感じかもな。

舗装路

林道入り口までの区間は、舗装路だ。先頭部は、車が先導し隊列をコントロールしながら進む。


100kmのレースは制限時間10時間。
つまり平均時速10km/h が、完走するための最低ライン。
ガレ場の登りでは、10km/hを下回る。舗装路と下りで、どれだけスピードをあげられるかがポイントなのだ。


今回レースに臨むにあたり、4月から5月にかけて、ロードで150km以上のロングライドを数本してきた。


舗装路を漕ぎながら、昨年の初出場の時よりも、自分に余裕があるのが感じられる。そういえば、一年前の42kmの出場時、スタートエリアまで行くだけで、ハアハア息を切らしていた。それに比べると、漕げている。


集団走は接触が怖い。一番左端を、ぶつからないように漕ぐ。道は狭くなり、舗装路を終える。

林道入り口

800人が幅3メートルの林道に詰め込まれる。いったん解き放たれた小さな点が、細い管にぎゅうぎゅうと押し込まれて行く。


上り坂の途中で、あっという間に渋滞になった。しだいに選手同士の距離が近くなりすぎて漕げず、バイクを降りて押す。


後ろからは、「右通りまーす」と抜こうとする選手の声が響くが、坂が急で降りてるわけでなく、混んでて降りてるのだ。


こんな渋滞に巻き込まれないように、なるべく早い段階で林道に入るのもポイントなんだな。


乗車できるくらいに選手がばらけ、ようやく漕ぎ出す。それでも、前や横の選手と接触しそうな状態がしばらく続く。


誰もいない林道だったいいのにな。
でも、
誰もいない林道だったら、もっと遅いペースになってるかもな。
なんて思いながら漕いだ。


ウィンドブレーカーの内側に、うっすら汗をかいているのがわかる。

青空

標高があがる。いく層も重なる森の向こう側に、青空が広がる。絶好のMTB日和だな。MTBじゃなくても、外で過ごすのに最高の天気だ。


立ち止まって写真を撮りたくなる衝動にかられる。今日の作戦を思い出す。できるだけ進むこと。ただそれだけ。


今の実力で完走できるかどうか微妙なところ。
だったら、出来るだけ進んで、少しでも完走の確率を上げたい。
もし、完走できなくても、出し切った時にどこまでいけるのか試したい。そんな風に思いながら漕ぐ。


先は長い。

パンク

下り坂の先。左に白と青のウェア。Yだ。
タイヤチューブを取り出し、修理している。
パンクだ。


スピードにのったまま通り過ぎながら、


「マジか、先いってるぞー」


と追い越す。


王滝のコース上には、鋭く尖った石がゴロゴロしている。
河原のまあるい石とは違い、たった今、壁から割れ落ちてきました、といったような、エッジのある石が散らばっている。


登りで遅いときは、十分避ける時間があるし、踏んでもタイヤへのダメージは大きくない。


下りでスピードに乗ったまま、そんな石に当たると、パンクやバーストのリスクがある。


自分は運良く、これまで出たトライアスロンMTBも含めて、レース中のバイクでパンクしたことがない。


一応、2本のチューブとパッチとタイヤブートを携行している。パンク修理時間なんて、レース時間に見積もってない。


実力ギリギリの自分にとって、パンクしないことは完走するための大切なポイントなのだ。

登り

延々と続く登り。パンク修理を終えたYが抜いていく。Yは富士ヒルクライムレースを1時間17分で登る脚がある。


先にゴールでまっててくれと思いながら見送る。パンク修理してから何分経ったのだろう。


左に曲がるカーブで見えなくなった。

パンクその2

坂。下り切った先に小川のように水が横切っている。その隣に、白と青のジャージのY。


まさかの2度目のパンクだ。


「マジかよ、、、大丈夫か?」


思わず停車する。
下り坂でスピードが乗ったまま勢いよく水たまりにつっこんだら、水の中に石が隠れていた。


Y「チューブないかな?」


思い切りタイヤを打ち付けてパンクしららしい。リム打ちパンク。


Y「ほら」


取り出したチューブの穴を見る。蛇に噛まれたような小さな穴が2つ並んでいる。


「チューブあるけど、MTB用の太いのしかない」


Y「うーん、それじゃ無理だな」


Yのバイクは、28C。
クロスバイクのタイヤを履き替えてきただけなのだ。


「おおきめのパッチないかな」


どうやら、2本持ってきてたはずのチューブは1本しかなく、もしかしたら1回目のパンク修理の時に落としてきたかもとのこと。


「これあげるわ、」


と、パッチケースごと渡して先に行く。
直して追いついてきてほしい。


こんな短時間で再びパンクとは、、、。
まだ、第一チェックポイントも通過していないのに。


漕ぎ出したけれど、パンクのことが気になる。
下り坂のラインどりもスピードもより慎重にすすむ。


スタートしてからまだ3時間と少し。
先は長い。

CP1

第一チェックポイントは、34km地点 制限時間は4時間。午前10時までに通過する必要がある。


とにかくチェックポイントまで行こう。
ついたらそのあと考えよう。
レース全体というより、ひと漕ぎひと漕ぎに集中してた。


青空と御嶽山が林道の向こうにひろがり、空気感までは残せないとは思いながら、ふとたちどまり写真におさめる。
すーっとさわやかな風が、ウィンドブレーカーを通り抜けて気持ちいい。レースでなかったら、ここでこうしてしばらく山をながめていただろう。


今は、とにかく少しでも前に進むもう。平均時速10kmが最低ラインという思いが、あたまをぐるぐるとめぐる。


どこまでいけばチェックポイントなのだろう。腕のガーミンの距離と時間を確かめる。


下り坂の途中に案内板をみつける。


”もうすぐチェックポイント”


よかった。第一関門は突破できた。右手にテントが張られ、選手がMTBをよこにして休憩している。


補給食もハイドレーションもまだ十分余裕がある。非力な自分はできるだけ止まらずに先を行こう。停車せずに進んだ。


つぎの目標は第二チェックポイントだ。


ところで何キロ地点だったっけ、
トンネル抜けた向こう側だから78km地点だっけ、
そのあとすぐチェックポイントだっけ?


CPの距離と時間が頭に入っていない自分に気づく。
やばいな、とにかく平均時速10kmを下回ったらアウトだ。

林道

陽がのぼり、気温があがった。
ウィンドブレーカーを脱ぐだけで停車するのはもったいないので、しばらく着たまま漕いでいた。


補給のタイミングで、もぐもぐしながらウィンドブレーカーを脱いだ。汗でぐっしょりぬれたウェアを小さくまるめて、バッグに詰める。


特徴のない林道は、まるで無限のコースのように感じる。
さっき登った道を、再び登ってるんじゃないのか。


もしかして、エッシャーのだまし絵の世界みたいに、ここにいる選手は、ぐるぐるとコースを登り続けてるんじゃないか?


そんなことを想像してしまう。


そんな時は、フロントホイールの真下に目線を落とし、ひとつひとつの石をみつめる。わずかでも、グリップしそうなラインはどこか、ペダルからの力をに最大限使えてるか。
ミクロの世界の一部始終を見ようとする。そこには、やっぱり無限の広がりがあるのだ。一瞬を切り取って、分解してみたら、新しい発見があるのだ。

平坦路

45から50km区間で、ほぼ平坦な道が続く。
レースの中盤。なんだかほっとする時間だ。


ダブルトラックで走りやすく、尖った石もない。
木漏れ日のなかのサイクリングといった感じだ。

CP2:65km地点 制限時間7時間(13時)


CP2はどこだ。まだか。
CP1を過ぎてからしばらくして40km地点を示す案内をみて嬉しくなった。50km地点を示す案内をみて半分まで来たと思った。


60km地点をすぎた。背中のハイドレーションの水がなくなる。まずいな。乾いたら動けないぞ。


ハイドレーションには1.8Lの水に、粉飴をまぜて入れておいた。粉飴は、マルトデキストリンそのものだ。補給食のジェルの原材料で、うっすら甘みがあるだけ。


飲み始めに、ハイドレーションのホースに溶けきれない粉飴がどろりとつまり、まるでジェルを食べ続けてる感覚になった。


背負っているうちに、振動で溶けるだろうと思ってた。実際はボトルのような容器ならともかく、ホースの中の粉飴は溶けないのだ。


水、水、水と心で叫びながら進む。
運良く「天然エイド」の看板をみつける。


バイクを横たえ、勢いよく流れ落ちる滝のような小川に近づく。
ハイドレーションの口をあけ、水を流しこもうと一歩踏み出したら、天を仰ぐようにコケた。


思いのほか、脚に疲れが溜まっているのだ。一人でおかしくなって笑う。水は冷たく気持ちいい。一口飲むと、暑くなった体が冷やされる気がした。水を手に入れて安心する。


天然エイドをあとにし、数百メートル下るとそこは第二チェックポイントだった。


そうか、65km地点なんだ。
CP1は通り過ぎたけれど、CP2は停車する。紙コップに水をそそぎいれながら、この水は天然エイドのものなのだろうか、なんてどうでもいいことを考える。


トップチューブのバッグに溜まった補給食の包装を捨て、バッグから次の補給食を詰める。


テントに腕から血を流した選手がやってきた。スタッフから細菌が入る可能性があるからと促され、傷口を水洗いしはじめる。
痛そうだ。こけたら、タイヤだけでなく、体へのダメージが計り知れない。


コース上にはいろんなものが落ちてた。特に下りのところで、ボトルが何本か落ちてた。そのほかパンク修理のときのヘラとか、ジェルとか。


自分も何か落としてないか心配しながら漕いでた。サドルバッグはちぎれてないか。ライトは大丈夫か。


ここまで、Yに追いつかれていない。大丈夫だろうか。
そのあともパンクしてたりしないか。実力的にとっくに自分に追いつき、追い越している時間なのに。


CP2からCP3までは13km。
CP3のトンネルが徒歩で通過することになり、制限時間が伸びていた。


時刻は12時32分。
6時間半で、ちょうど65km。
完走ギリギリラインの平均時速10km/h ぴったりだ。
一応制限時間までは30分のアドバンテージがある。けど、なにがおきるかわからない、少しでも先に行こう。


つぎのCPまで行こう。着いたらその時考えよう。

王滝川沿いDH

予定していたコースが、レース前の大雨の影響でダメージを受け、コース変更になってる。


CP2からは下りが続き、王滝川沿いの舗装路に出た。
本来なら、林道をもう一山超えるところのはずだ。


王滝川沿いの道。陽に照らされた新緑があざやかにうかびあがる。見上げると青空。最高の自転車日和だ。


ダートのくだりにくらべて、舗装路がなんともなめらかなことか。
レースを忘れて、サイクリングの気分になる。


レースコースなので対向車が現れることに注意することもない。
今、ここでただ風を感じながらいればいい。

このレース中の最高時速を48km/hだ。
リミットの平均時速10km/hに対してだいぶ貯金ができた。

トンネル

コース変更に伴い、ライトの装備が必須になった。コース上で明かりのないトンネルを抜ける必要があるからだ。


トンネル前で停車し、ライトをつけ、徒歩で通過する。
どうやら、トンネル内で落車事故があり、骨折の怪我をおった選手がいたようだ。その後、降車して歩いて通過するよう変更になった。


トンネル内は安全のため両脇に、赤い点灯と、中心には簡易電灯がつけられていた。スタッフの方々、ありがとうございます。


このトンネルは、当時電車用のトンネルを道路用に変えたのだ。線路を埋めたような加工がそれなのだろうか。

CP3:78km地点 制限時間8時間(14時)


トンネルを抜け少し進むとCP3に着いた。
時刻は、13時15分。


ここまで来てようやく制限時間内に完走できそうな気がしてきた。
スタッフが、ここから13kmでゴールと話している。


ゴール前は下りが数キロ続くはずだ。
問題はその前に、どれくらい登るのか、、、、


スタッフは、けっこう登るよ。
と言う。
エレベーションを見ておくの忘れた。


とにかくいくしかないな。
エイドにある、パワーバーを一本まるごと食べ、エネルギーにする。


王滝沿いのDHで結構降りて来た、日差しと気温から推定すると、ほぼスタートと同じくらいの標高じゃないだろうか、、、

あのカーブを曲がったら

CP3からしばらくは舗装路だ。登りが続く。
おそらく、急な坂道は舗装路にしておくはずだ、と自分の中で独自理論ができあがる。


クルマのタイヤがすべらないように、急坂は舗装路とし、そこまで必要としない斜度ならば、未舗装のままなのだ。


だから、舗装路が現れたら、ギヤをローに入れ、黙々と漕ぐのだ。


舗装路が終わり、林道にはいっても、登り坂は続く。
つぎの坂が終われば、下りになるはず、と自分に言い聞かせる。
あのカーブの先は、下りになるはず、と自分に言い聞かせる。


なんだよ、終わらないじゃん。
わかりきってるのだけれど、また、同じように、希望を持って次に進む。


途中、何度か脚をつき、水を飲んだ。
じわりと汗が出る。


もう少し、もう少し。
時間内にゴールするんだ。

  • -


緑の葉のあいだから見える、空の青さの面積が増した。
なんとなく、青が多くなった。
なんとなく、空がみえてる気がする。

標高差400mを上がり視界が開けた。
1時間以上登り続け、ようやく下りになる。

フィニッシュ


林道を駆け下りる。


さっきまで、静止画だった両脇の木々のディティールは見えなくなり、解像度の荒いドットに置き換わる。
視界に飛び込んでくる景色が、次々と後ろにふきとんでいく。


2本の轍の左右をいったりきたりしながら、タイヤを転がす。
疲れているけれど、楽しい。


もっとこうしていたい、と思ってしまう。


舗装路に出て、一段とスピードを増し。
ほんの少しだけ登って降りた。


コースの先に、ゴールゲートが見える。


あと少し。
長かった旅も終わりだ。
ぐっとうれしさがこみ上げる。


右手を小さくあげて、ゴールゲートをくぐり抜けた。

  • -

タイム:8時間47分35秒
距離:93.3㎞
平均速度:10.6km/h
獲得標高:2331m
(移動時間:8時間9分)

  • -

ゴールエリアで一休みして、スタートの松原スポーツ公園に戻る。
途中、パンクしたタイヤのまま、よろよろと下る選手を見かける。

駐車場でOと再会した。7時間2分だった。
しばらくしてYが降りてきた、あのあともパンクが続き、のべ6回修理した。第2チェックポイントに数分間に合わずDNFだった。

次、出るときは、チューブ10本背負って出るわ、と笑っていた。

終わり

珠洲トライアスロン完走記 2017

珠洲大会は2010年11年12年の3年連続で出場した。
そのあと、海外赴任になり欠場。
帰国してから2016年に出場。そして今年2017年、5回目の出場だ。


ジュニアに出場する、小5の末娘と2人旅だった。
東京から珠洲への長時間ドライブも慣れてきた。


2017年8月27日、日曜日。
珠洲Aはスイム2.5km、バイク105km、ラン23km。
スタートは午前7時。


昨日、小5の娘はジュニア大会に出場した。早朝から連れてまわるわけにいかず、兄弟に預けて宿代わりの親戚の家を出た。ジュニア大会には、自分の娘の他、兄弟の子どもたちも参加した。姉の子が小4、自分の末娘が小5、兄の子が小6なのだ。トライアスロンに兄弟で参加するのはよくあるそうだが、兄弟の子たちが一斉に参加するのはまれなのではないだろうか?


レースを終えてぐっすり眠っている子どもたちを置いて、レース会場に向かった。


会場には5時半過ぎに到着。駐車場は7割がた埋まっているが、芝生エリアがまだ空いている。駐車場内の誘導が無いので、芝生エリアへの入り口がわからず、アスファルトエリアが混雑していた。


トイレ、ナンバリング、朝食、トイレ、着替え、トランジット準備等々、淡々とすごす。
ウェットを着てスイムチェックイン。試泳しながらウェットスーツに海水を十分くぐらせておく。気持ちいい、穏やかな空だ。


■スイム
7時スタート。自分は今年も第3ウェーブを選ぶ。5分間隔でスタートする。
スイムキャップの色は、ウェーブ毎に、紺、黄、白と色分けされている。今年も白だ。毎年白のキャップが土産代わりになっている。


あっというまに第一ウェーブの紺キャップははるか彼方を泳いでいる。
第二ウェーブの黄色も見送り、いよいよ第3ウェーブだ。


7時10分。スタート。ゆっくり歩きながら海へ入る。


試泳の後、額に乗せていたゴーグルは曇ってる。ひんやり冷たい水に浸して曇りをとり再びかける。透き通る海。気持ちいい。


少し混んでいる中で、第一ブイに到達。直線で300mほどだ。
ここから選手がばらけてくる。まわりにぶつかる人がいなくて泳ぎやすい。かといって完全に独りではなく、方向を確かめられる範囲に、水面を飛んでいるような選手が視界に入る。透明度が高い海は泳ぎやすい。


左手首のガーミンが振動する。1000m通過。17分と少しだ。
速い。普段の1000mは25分近くかかるが今日は調子がいいのか?疲れも無い、この調子ならあっという間にスイムパートが終わるんじゃないか。昨年出場した時に、600mほど泳いだ後、とても泳ぎきれる気がしなくてリタイアを考えたこともあったけど、なんなんだこの速いスイムは。スイムは2回しか練習しなかったけど、その程度でいいのかもな。


あまりにも楽観しすぎた往路だった。この後のことを何も知らない自分だった。


■折り返し
オレンジのブイを右手に見ながら、ロープを乗り越える。折り返しだ。
折り返した先は、なんだか選手だらけだ。さっきまでスイスイと周囲にぶつかることもなく泳いでいたのになんなのだこの混雑は、、、、。


さて、コースロープを右手に見ながら泳ぎだす。
あれ、前に進めない。
なんでだろ、前に進めない。


スタート前に、レースコンディションについてアナウンスが流れてたのを思い出す。


「本日の水温は27度。潮流は、海に向かって右に20メートル毎分です、、、、」


20メートル毎分の潮。例えば100メートルを1分で泳ぐ実力があっても20メートルは押し戻されるということだ。


潮の流れが混雑の原因なのだ。選手は皆必死に潮に逆らって泳いでいるけれど前に進めなくなっているのだ。


時折、平泳ぎに切り替える。混雑しているので、平泳ぎのキックで何かにあたる。後ろを泳いでいる選手の腕だろうか?申し訳ない。でも、手足を動かしていないとまずい。じっとしていると毎分20メートルで逆戻しなのだ。疲れて動きを止めれば、残りの距離がじわじわと増えていく。なんて恐ろしいスイムなのか、、、


Bタイプの折り返しのブイがが右手の先に見える。そうだ、まずは目先の目標をまで泳ごう。プロジェクトだって、短期目標の繰り返しじゃないか。


時計を見る。1600メートル地点だ。よし、泳ぐぞ。
しばらく進んだ。再び時計を見る


1600メートル


絶望感に襲われる。
これは、流れる水槽の中で泳いでるのか。ずっと、ずっと同じ場所で、無限スイムになっているんじゃないだろうか。


あきらめた。
タイムアップでもいい。


このままがむしゃらに腕を回していたらへとへとになってしまう。
のんびり行こうじゃないか。


息があがらないようにいこう。これは長期戦だ。
ちょっとだるくなってきた。平泳ぎとクロールを半々くらいにして、気分を変えながら泳ぐ。しだいにまた腕が動くようになってきた。少しずつでいい、進もう。


■海岸へ
あきらめの境地がよかったのか、少しは進んでいたようだ。
コースは左に折れ、海岸へ向かう進路となった。


左手のコースロープを目印に進む。


後ろを泳ぐ選手がずっと脚にからむ。クロールでも平泳ぎでも、左足に絡みついてくる。こんなスイム終盤に、なんでぴったりくっついて泳いでいるのだ?と泳ぎながら左後ろを振り返る。


誰も居なかった。


誰かがくっついて泳いでいると思っていたのは、ただ、潮に流されてコースロープが左足に当たっているだけだった。コースロープと平行して泳げないのだ。常にロープから離れる方向で斜めに進んでいないと、脚がぶつかってしまう。なんなのだ、、


スタートしたのはずいぶん昔のようだ。今日は遠泳競技だったっけ?
浅瀬になり、海底に足をつける。
体はぐったり重い。


腕時計はスタートから1時間29分になろうとしている
制限時間はどれくらいだったっけ?無限スイムを想定していないので確認してなかった。でもきっと、まずい時間だろうな。


シャワーをそそくさと浴びる。
シャワーエリアで、娘に会えた。とっくにスイムアップしてたと思って会場を離れる直前だったようだ。会えてよかった。


計時マットを過ぎてくてく歩く。
スポーツドリンクをもらう。スイムを終えただけで、これほど疲れるとは。


やっぱり、スイムも練習したほうがいいな。逆流でも泳ぎきれるように。


スイムタイム
1:29:47
637位


■T1
バイクはけっこう残っている。
どの選手も、相当スイムで苦労してるんだな。


座り込んで着替える。
濡れた足に、靴下は、はきずらい。
グローブもしずらい。
ジェルをひとくちのむ。


時計を見る。スイムアップからもう7分も経ってる。
10時スタートのBタイプの選手が、隣のラックで準備をし始めてる。


ラックとラックのあいだの通路をてくてくと自転車を押す。
がんばってと声をかけられる。
一種目しかこなしていないのに、疲れてる。


乗車位置の白線を越える。
よわよわしく漕ぎ出す。


■バイク
めずらしくスタート直後のエイドでとまる。
スポーツドリンクをもらう。


まわりのバイクが少ない感じがする。
ただ自分が遅いだけなのかもしれないが。


沿道のおばあちゃんらの応援。手を振り行ってきまーすと返す。
それにしても進まない。


こんなに進まないということは、もしかして前輪のブレーキが干渉しているのかもしれない。走りながら左手を伸ばしレバーと引き、ブレーキシューを広げてみる。


負荷はなにもかわらない。ブレーキの干渉はないのだ。
干渉していないことがわかり、バイクは問題ないのだから、がんばれ俺と自分の中で唱えた。きもちだけかわった。


エイドが前方に見える。
喉が渇いた。ボトルにはまだ水はあるけれど、コップでスポーツドリンクをもらおう。


エイドに近づく。減速する。
右手で前輪ブレーキを引く。


が、


全然効かない。
ブレーキが効いてない。


そうだ。疲れた頭が思い出す。


ほんの10分前に、もしかしてブレーキシューが干渉してるんじゃないかと思って、ブレーキを解放したままだっだのだ。


そのまま、エイドに突入。
すっと、まっすぐに手を伸ばした女の子から、奪うようにコップをもらう。


ごめんなさい。


コップをもらいながら、中の水がはじけるのがわかる。


ごめんなさい、ごめんなさい。


飲み干し、コップをエイドの先のゴミ箱になげる。
ブレーキを元にもどす


■坂


あまりきつく感じない。もともと坂道は嫌いじゃない。速くもないが。
この感覚は慣れなのだろうか。もう5回も珠洲大会に出ている。レースでしかコースを回らないけれど、かれこれ9度目の坂ということになる。やはり慣れか。


練習の成果かもしれない。春になる前から、近所の城山湖に自転車ででかけた。斜度は軽く10%以上はある道だ。そんな経験が、珠洲の坂をきつく感じさせないのかもしれない。


スイムが異常に遅かったせいなのか、まわりに走るバイクの選手が少ない気がする。

天気は暑すぎず心地よい。
トンネルを抜ける。


しばらく続く上り坂。この先はラケット道路とよばれる、急坂になる。上からみると大きくヘアピンカーブになっていて、まるでラケットのようなのでラケット道路と呼ばれているのだ。このラケット道路は追い越し禁止区間になっている、そのまえの坂道で抜いておいた。


■おばちゃん


馬緤(まつなぎ)のエイドにたちよる。
白いテントの一番手前に、親戚のおばちゃんがいる。
遠くからでもわかるおばちゃん。
昨秋手術した。元気になって、昔トライアスロンのボランティアをしていた頃のことを思い出しながら、いわれてもいないのに手伝ってた。


こどもの頃、このおばちゃんの家に遊びにきてた。夏休みが来るたびに、小学生の僕は、この珠洲の海で遊んでた。ふと、そんな記憶が蘇る。


いつまでも変わらない。
おばちゃんの前では自分はいつまでもこどもなのだ。


以前、ジュニアトライアスロンに出たとき、小4だった息子は高2になった。
昨晩は息子がおばちゃんに電話をかけてきた。
息子も仲良くしてもらってる。


エイドに立ち止まる。自転車にまたがりながら止まる。
ボトルを氷水で満たす。


今回は、ボトルに大量の粉飴を入れてきた。粉飴はマルトデキストリンでできている。補給ジェルの成分そのものを粉末にしたものだ。
今朝、ボトルに入れてきたけれど、おそらく、まだ、底に粉飴がまだ溶けきらないはずだ。


バナナをかじり、再出発する。


■1周目後半


町田トライアスロン連合のジャージを着た選手に抜かれた。声をかけた。
藤村さんだった。顔をあまり出していないのですが自分も町トラのメンバーですと自己紹介した。その後会場では会えなかった。


ゴジラ岩が右手に見える。引潮なのか、よくみえる。
左にUターンして大谷峠に向かう。


ループ橋になって数年がたった。ループ橋がない頃の以前の登り口から比べると、だらだらと長い坂が続くイメージだ。ループ橋がない時は、短く、でも、急坂を一気に駆け上がる。そんなコースだった。


ループ橋を半回転すると山が切れてまるで空に向かうような道になる。


その先は左に海を見ながら進む。
遠くの水平線を眺めながら漕ぐ、なんとも贅沢なコースだ。


このだらだらと長い登りは、昨年のほうがガシガシ登れてた気がする。
スイムでの疲れがやはり効いているのだろうか。


長い坂を登り、大谷峠旧道入り口前のエイドに寄る。


ボトルはまだ大丈夫。
冷たいスポーツドリンクをいっきに飲んで進む。


左にまがる。
勢いをつけてそのまま登りだす選手。蛇行しながらもスピードを維持してる選手。スタイルはさまざまだ。


一緒に走ったことはないが、ヒルクライマーのKだったらどんな風に登るのだろう。と想像する。


このカーブを曲がって、
少し道が広くなって、
通過チェックのためのゼッケンコールがあって、右に曲がるとあと少しだ。


きついけど、初めて出たときのきつさはもうない、あたりまえだけど、より辛いものを知ってしまったから辛く感じないとか、そういうことなのかな。


峠の頂上では低い声の係員さんがあと少しだそれいけと応援してくれている。ありがたい。なんだか、その低いドヤ声が、あしたのジョー丹下段平に応援されているようだ。


くだり坂になり足を止める。流れ落ちてくる汗は、森を抜けてきたひんやりした風をうけて、より一層体を冷やしてくれる。気持ちいい。


降車ゾーンの青いカーペットをてくてく歩き、道の反対側にバイクを停め再出発前にボトルを飲む。後ろに誘導のバイクが停車。


なんだろ?と思ったら、2周目を走ってきたトップ選手が来た。そのための誘導バイクだった


トップ選手が行き、あとに続く。
大谷峠のくだりでトップ選手の背中を見れるなんて、ラッキーだ。


選手は、下りでもガシガシ漕いでいると思ったけどそうでもない。足を止めてそのまま下っているのがみえる。それでも速い。次のランに備えているのだろうか?そんな想像をした。


下り終え平坦路になる頃、トップ選手は遥か先に行ってしまった。直線の先にわずかにみえるくらいだ。


こちらはまだ1周目。鉢が崎のスイム会場を目指す。途中ジュニアトライアスロンのバイクコースを通る。昨日娘はこのコースを一生懸命こいでたんだな。


2週目に入る。
イクラックのわきを少し速度を落として漕ぐ。タイミングがあえばとおもってたら娘たちを見つけることができた。行ってきまーすと声をかける。


暑すぎず、寒すぎず、漕ぎ出して作り出す風が心地よい、次第に眠くなってきた、なんだか力が入らない、ハンガーノックとは違うように思う。


エネルギーは十分補給できていると思う。心拍数が寝ている時のそれと同じになってるんじゃないかな?きっともっとガシガシこいで、心拍数を上げたら眠気も消えるだろうけど、そんな気分になかなかなれなかった。ぼーっと漕いで、ふと気づくと時速20km近くまで落ちていた。


はやく激坂にならないかな。なんて考える。


下り坂。追い越し禁止区間を終えた先に選手が5人連続している。下り坂の惰性を利用して、前の選手が抜きにかかったそのさらに右を、前にでまーすって言いながら抜き去る。見通しが良くないと出来ないなと思う。抜いたらしばらく強めに漕ぐ。抜いてすぐにスピードダウンして前を詰まらせたら迷惑だ。抜き去ることを意識して漕いでいた。これで安全な車間は十分取れたかなと後ろを振り返ってみる。先ほどの選手はだれもいなかった。ひとり幻想に追いかけられながら漕いでた。


馬緤のエイドでは、1周目に続いておばちゃんがボランティアの手伝いをしてた。ありがとう。氷をボトルに詰めて出発。


眠気もいつのまにかおさまっていた。
1週目ほど元気はない。大谷峠を登り始める。


いつもだったら登りになると前の選手を数人はパスできるのに、なんだか追いつく気がしない。


ジリジリとした暑さはない。長く緩やかな登りの先のエイドにほんの少し立ち寄る。

旧道のキツイ登りも終える頃、なんだか少しさみしくなる。次にこの峠を越えるのは一年後か。


降車ゾーンを越え、再び乗車して大谷峠を下る。向かい風だ。坂道なのにスピードに乗り切れないのが感じ取れる。


そういえば、始めてこの下りを猛スピードで下ったのは2009年、アルミフレームのキャノンデールCAAD9だった。


エアロバーもなく、バイクジャージも持ってなく、もちろんトライウェアもなかったの、昭和記念公園トライアスロンの参加賞でもらったコンプレッションウエアで出てた。


道路に切られている縦の溝にタイヤがとられるのが怖くて、必死にハンドルにしがみついて下ったんだ。


昨年から乗っているキャノンデールスライスはそんな怖さをまったく感じさせずに、気持ちよく坂道を滑り降りていく。フレームが振動を吸収してくれてるのだろう。このバイクならずっと遠くまで漕げる気がする。


大谷峠を下り降りると残りの平坦路は10km弱。向かい風の中を進んでいった。バイクパートは自己ベストを目指そうと目論んでた自分はどこにいったのだろう。


アップダウンを越え、ようやく鉢が崎が見えた。最後の下りを行く。


反対車線に選手らしき人がバイクを漕いでいる。きっとスイムでリタイアになった選手だ。彼らの気持ちもすこは乗せていけただろうか。


■T2
イクラックに掛ける。
まだ空きがある。
漕いでる選手がこんなにいるのか。
隣のバイクもまだ帰ってきていない。


座り込んで靴下を履き変えてるとアナウンスが流れる。


第1ウェーブのタイムリミットまで残り2分です。


隣で着替えてる選手に声をかける。


「ということは、第3ウェーブの我々も残り12分しかないってことですよね、ランは休まず行けってことですね」


と言ってお互い顔を見合わせて苦笑いする。
さあ、出発だ。


■ラン


イクラックを通り抜け、ランスタート直後のエイドで水分補給した。スポーツドリンクを飲んで氷をいくつかポケットへいれる。


昨年は、走ったり、歩いたりを繰り返してたけど、今年はまず行けるところまで走ろう。タイムリミットは9時間20分だ。ランで使えるのは3時間と少し、余裕はない。


飛ばしすぎず、遅すぎず、淡々と脚を進める。エイドまで残り200mと書かれた看板に励まされる。毎年思うのだが、200m以上あると思うんだよな。でも、あと200mならがんばろ、走り続けようって思って、結局タイムが縮まってると思う。


キロ5分後半から6分くらいで進む。体に熱がこもると一気にパフォーマンスを落とす。エイドのたびに氷をもらい、ウエアのポケットに入れる。2km毎にある次のエイドに着く頃に、氷は小さくなってるので、再び氷をもらうのだ。


氷は直接ウエアの中にも投げ込んでた。キンと冷えて気持ちいい。


前にはBタイプの選手が走ってる。兄もBタイプに出たので折り返してくるんじゃないかと思ってじーっとみる。とうとう5kmの折り返しまで来てしまった。兄は現れない。どこにいってしまったのか?


ここさら先はAタイプだけだ。


前を行く選手を一人づつ目標に走る。あの選手に追いつくまでは走ると決めて、淡々と行く。


エイドのたびに氷をもらうようにする。エネルギーはまだ大丈夫だ。


左に見附島が見えてきた。
前には女性アスリートがいるけどなかなか距離が縮まらない。


緩やかに右カーブしながら下る。復路も走って戻れるだろうか、宮古島では30kmまでは走れたのだ、走れるところまで行こう。


下り坂が終わる頃、女性アスリートを追い抜いた。ここまでB内さんに会っていないな。とっくに復路を来ているはずだ。すれ違う選手はみていたつもりだけど。


見附島を大きくUターンする。いつも学生さんがエイドを担当してくれる。スポーツドリンクを飲み、梅干しをなめて出発する。氷水を頭からかぶる、気持ちいい。


復路を行く。まだ脚は前に出る。大丈夫だ。前を行く700番台の選手の後ろになる。ペースはほぼ同じ、若干彼の方が速い、離されそうになるが、ついて行く。


このタイムゾーンで、必死に走っている人はあまりいない。止まらずに進んできたおかげで、タイムオーバーにはならなそうだ。


彼と順位争いするわけでもないのどけど、兎に角ついていった。エイドで自分が前になる。彼の足音が続いているのが聞こえる。少しだけペースを上げる、彼はついてきているようだった、やるな。


次のエイドに到着。歩きながら、氷をもらいドリンクを飲んですぐさま走りだす。彼はここまでにしたようだ、もう後ろをついてこない。


決して速いわけじゃないけど、もう少しだけ、もう少しだけ、と自分を奮い立たせて走るのは楽しい。


反対車線の往路では最終走者を伴走するクルマが見える。


このままゴールまで走りきれそうだ。前の選手を目標に走り続ける。


初めて珠洲に出たのはもう7年も前だ。あの頃、沿道で応援してくれてた見知らぬおばあちゃんたちは、いまはどうしているだろう。


午後3時をまわる。刺すような日差しはゆるみ、8月の終わりのほんのり秋を感じさせる風の中を走る。


左に折れ、野球場に向かう。残り500m。
野球場の入り口で、公園での遊びを終え、応援に戻った末娘と合流できた。


2人で手をつないでゴールテープをきった。青々とした芝生に寝転ぶ。


終わっちゃったな。
楽しかったな。


まだ珠洲にいるのに、
はやく珠洲にいきたいな。


そんな気分だった。

おわり。

覚醒せよわが身体

覚醒せよ

ワイ島でのアイアンマン世界選手権の終盤、疲労しつくした肉体に、精神が語りかける場面が(P224)印象的だ。是非、実際に本を手にとって読んでほしいと思う。自分もレベルは遥かに異なるが、2013年に出場したアイアンマンケアンズのバイクパートで似たような感覚になった。

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http://d.hatena.ne.jp/peicozy/20130801/p1

左手に海岸線、波の音が聞こえる。木々は道の両側から大きくおおいかぶさり、日差しをさえぎる。一人きり、前後に選手はいない。


黙々と、淡々と、自転車を漕ぐ、
ひとりぼっちのはずなのに、なんだかいつまでも付いて回るヤツがいる。
ずっと、ずっと一緒に居るヤツがいる。


ふと、自分自身の存在を感じた。


寝ても、覚めても、どこにいても、俺の意識と一心同体なのだ、オレはオレから離れることはない、死ぬまでコイツと生きていくのだ。

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以前から、八田さんのブログを読んでいて、トレーニングのヒントを沢山いただいていた。伊豆への小さな冒険から始まり、ショートへの挑戦、エイジ連覇、70.3、そしてKONAへ駆け上がるストーリーはワクワクする。

自らのの身体を通した実験結果を、こうして一冊の本として文字として浮き上がらせる作業は、レースと同じかそれ以上のエネルギーを使っただろうと想像する。

すばらしい本を読ませていただいた。
トライアスロンをする人も、そうでない人にもお薦めする。

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ちなみに自分がトライアスロンを始めたきっかけは、ヘトヘトになったらどんな気分なのだろう、という内発的動機からだ。自宅にミハイ・チクセントミハイの「フロー理論」の本が書棚にある。こちらももう一度開こう。

あたまのなか

今、この瞬間に頭の中に思い浮かべていることを言葉にしてみようと思うと、頭の中では映像とそれにまつわる言葉が次々と出てくるのだけど、それをキーボードで打って画面に表示するまでに、時間差があって、どんな時間差かというと、たとえばキーボードのKの字を打つのに、右手の中指の第二関節から先を、7ミリメートル下方向に動かせ、動かす時の力の強さは0.01ニュートンで動かせ、動かしたら今度はキーボードが接触してKが押されたという信号が外部入力からあったとコンピュータが知らされて、コンピュータはKを表示するためのフォントファイルからフォントデータを取り出して、今度はディスプレイが、どの位置のRGBのLCDをどのように光らせるかの指示をだして、次は表示されたKの文字を構成する光の粒が瞳に入ってきて、瞳にはいってきた情報をもういちど脳に送って、脳がKという形を認識して、こんどは左脳がそれはKだよと教えてくれて、ようやくKが打ったことを自分が認識できるのだ。

 

一瞬でやっているようだけど、それを順番に早くやっているだけで、やっぱり時間がかかるのだなと思う。

 

あたまとコンピュータが直結したらもっと早く表現できるのかな。